散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記171215金(副食製造 ジム・ランニング)

2017年12月17日 15時14分26秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  11.0  4.0  晴一時曇
この日は、早朝から目覚め6時に起きた
寒くなったが、体調は悪くない。
午前中もFBを見たりして、漫然と過ごした。
しは、不足した食材の補充に出かけた。

夜、ジムに行き筋トレを行い、最後10分程度ランニングを行った。
ランニングは、時速10km固定で走り、苦しくなればバーを持って走るようにした。
そもそも今の私の体力では、時速10kmでは、3分間程度しか走れない。
但しバーを持てば、なんとか走れる。
それでも、腿の前の筋肉、即ち蹴り上げ運動に使用する筋肉は使うので、鍛えられる。

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昨日記171214木(T氏へのコメント ジム・ランニング )

2017年12月15日 11時47分18秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  9.4  2.8  
午前中FBを見ていると、8月に亡くなったT氏のアイコンが右端の上に出ていた。
不思議に思い開くと、T氏のタイムラインが出て、昨年12月に私が投稿した、ギャラリーマーヤでのT氏の個展の写真が表示された。
その時の情景が頭に浮かび上がり、悲しくなり、その写真にコメントした。
この後、現代美術作家のY氏が来て3人で話し込んだ。
8月中旬に亡くなるその日まで何事もなく、作品を仕上げ、眠りについてそのまま永眠したという。
写真を見て、再びT氏に関し様々なことを思い出した。

午後は、昨日記を2本書いた。

夜は、ジムに行きランニングを行った。
この日は、初めて時速10km固定で走った.
手ぶらのランニングと、バーにつかまってのランニング時間を同じにして走った。
その状態で3.6km程度走った。
初めは手ぶら2分バー2分の繰り返しだったが、途中から苦しくなり1分毎に切り替えた。
20分弱走り、3.6km程度走ったが非常に疲れた。(限界に近い?)
無論非常に、肉体的に厳しい事や限界に近いことは分っていた。
今後、このハードな練習をフリー4分間、バー1分間程度で走れるようになるまでトレーニングを重ねたい。
無理を承知の強化策だが、目標は時速10kmでフリー対バーの比率を4対1にして、30分間走ることだ。
それが達成できれば、スピードw10.5kmに上げフリー対バーの比率を1対1(できれば30分間)から始める予定だ。

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昨日記171213水(真冬並みの寒波 タバイ製作所 カヴァ)

2017年12月14日 18時51分17秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  8.4  1.2  晴後曇
この日も終日冷え込んだ。
強い寒波が通過中だ。

午前中ブログを読み返し、卒寿を超えて「上前智祐の自画道」展のフリートークを聞いて(20130126美術)を自選ブログ新規掲載に追加した。

夕方から、北区紅梅町のギャラリーびー玉で、行われている、ハタタニヨシカズ展に行った。
めったに行かないギャラリーで、10年間で数度しかいていないと思う。
地図を見ると、天神橋筋3丁目の近くで、携帯を見ることなく、案内はがきの地図を頼りに行くことが出来た。
彼の展覧会は、何度も行っているが、今回は写実で美人モデルやエロスをテーマにしたものだった。
作家はいなかったが、ギャラリーオーナーとしばらく話してから、ギャラリーを後にした。

天神橋筋3丁目は、工業高校を卒業して最初に10年間勤務した会社のある所で非常に懐かしい。
会社を退職してからも、天神橋筋は様々な用事で折に触れ通っている道だ。
天神橋筋はどんどん変化していて、4-50年前の面影はほとんどない。
当時はさびれた商店街だったが、今はおしゃれで華やかな商店街に変身している。
南森町から梅田のグランフロント大阪まで、地下鉄を利用していく予定だったが、時間があったので歩いていくことにした。
途中元のタバイ製作所を訪ねその周囲をぐるりと回った。
会社の前の堀川公園もすっかり変わった気がする。
公園横には専務の家があり、毎朝犬と一緒に会社のまえを散歩しておられた。
昔は、南側の公園の前が正門で、昼休みは検査の連中とバレーボールを楽しんだりしていた。
組合を作ったことも懐かしい思い出だ。
その会社は、名前を変え今や東証1部の大企業だ。
元の上司が社長になったり、同僚や後輩が幹部社員や役員になった話を聞いた。
当時、親しかった設計の1年後輩の同僚が10年ほど前に亡くなったときに参列した葬儀では、同じ工業高校の先輩2人(工業高校1期生で私は2期生)も幹部になって参列していた。
その時会って話をしたが、当時の頼りない感じやおどけた感じは全くなく、大企業幹部の落ち着いた風格で、それなりの話し方をしていたので驚いた。
タバイ製作所には、数々の青春の思い出があり、技術や仕事面でも育ててくれたというより、一緒に育った会社で懐かしい。(電気関係の設計基準も電気設備の技術基準をベースに関係者が集まり議論しながら、社内の技術基準を作った。それまで複線表示だった配線図を、シーケンスと実装図・制御盤配置図に統一したのもこのころだったと記憶している。それが更にブロックシーケンスに発展したが<SEで効果を発揮>、そうした関係者のメンバーとして、いろいろ提案できたのも非常にやりがいがあった。)
残業が終わると、親しい飲み仲間が集まって、阪急東通り商店街の行きつけの店に集まって酒を酌み交わした。
もっと驚くのは、技術の酒好きの連中が、8時間の定時作業が終わり残業開始までの15分?の休みの間に走って近所の居酒屋に行き、コップ酒を飲んでいたのだ。
技術部長を含め、上司も咎めはしなかった。
当時の技術・設計は、入社数年の社員がほとんどで、高卒は私の2-3年後輩までで後は全員大卒になっていた。
特に大卒の若手は体育会系が多くバンカラ的気風があった。
とにかく、この会社のエピソードは、実際の仕事も含め、面白い話が数多くある。

天神橋筋を北上しながら阪急東通り商店街へ通った道をたどって歩いたが扇町公園もすっかり変わったし阪急東通り商店街も変わった。
この周辺に、馴染みの店がいくつか(5-6軒)あったが、今は家庭料理の店とギターライブのスナックの2軒を除いてすべてなくなった。
そのなじみの店(一部代替わり)にも行きたいが、経済的に無理だ。
そんなことを思いつつ、梅田のグランフロント大阪まで速足で歩いた。

グランフロント大阪北館のカフェラボでは、「みんぱく×ナレッジキャピタル -フィールドワークを語る
第2回 太平洋を歩く:カヴァ飲みから日本人探検家まで」 丹羽 典生(国立民族学博物館 准教授)が開かれ、それに事前申し込みし参加した。
オセアニアの島々は、下記の3つの文化圏に分かれているという。
ポリネシア  (多くの島々)
ミクロネシア (小さい島々)
メラネシア  (黒い人たち)
様々なスライドを使用しカヴァの作り方や飲み方や儀礼についての解説があり、非常に面白かった。
カヴァは、メラネシアとポリネシアで飲まれているという。
その他興味深い話がいろいろあった。
終了後はまっすぐ帰宅した。


思い出・私的生活住環境(このブログは左記リンクのカテゴリー別「思い出・生き方」ホルダーに収納しています。)(自分のメモとして)
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昨日記171212火(無暖房での防寒 ジム・筋トレ)

2017年12月14日 17時05分33秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  6.5  2.2  晴後時々曇
この日は、この冬一番の冷え込みで最低気温は2.2℃と真冬並みの気温になった。
無暖房の我が家の室温は8.6℃だった。
最も寒い時期には、室温は4度程度まで下がり、室内でも息が白くなるが、急に寒くなったので、まだ家の建材が冷え込んでいないが、この寒さが続けは、室温がもっと下がるのは時間の問題だ。
室内での服装は既に冬山用の羽毛服を着て、寒さ対策は万全だ。
どういう訳か、今年は、足は普通の冬ズボンの上にひざ掛けを巻きスカート状に巻いているだけで寒くない。
昨年までは、ズボンの上にオーバーズボンをはいていたのだが、もう少し冷え込めばオーバーズボンもはくことになるのだろう。
しかし、昼間机で(床はフローリング)PC作業をしていると足先が冷え込んだので、夕方に百均で300円の冬用のスリッパを購入しはいているが、足元の冷えは無くなった。
冬用のスリッパは毎年ホームセンターで購入していたが、確か5-600円したような気がしているが、多分安く済んだのではないかと思っている。
現在無暖房生活の厳冬対策はほぼ完了し、日常生活も寒さからは解放されている。
強いて追加するとすれば、居間の床(畳)の断熱シートだが、今のところ居間には2枚の断熱シートを重ねて敷いていて、その上でそのままごろ寝で昼寝することもあるが、冷えを感じていない。

この日は、夕方に食材の買い出しにでかけ、夜にはジムに行き、筋トレをおkなった。
筋力の記録低下は止まり、一部回復の兆しもある。
数日前から始めた、自宅での腕立て伏せが効いたのだろうか、それとも軽度の風邪ひきの影響だったのか。
実は4-5日前から、熱は全く無いが、くしゃみが連続してあったり、咽に痰が絡んだりしていた。
今(20171214)は、そうした症状はすべてなくなっている。
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昨日記171211月(自選ブログ集フォーム改良 出費抑制 副食製造)

2017年12月13日 12時51分31秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  12.0  3.6 晴時々曇
午前中から午後にかけて、自選ブログ集を読み直していると、分かりにくいのが気になりフォームを改良した。

夕方に溜まったレシートを整理記帳したが、今年の2月以降から最近までの未記入のレシートは大量にある。
レシートの入力完了にはまだ相当時間がかかり、自分の経済状態を帳簿上で正確に把握できない。
そのため、自分の経済状態は預金通帳と現金のみで判断していて、参考にしているのは昨年度の現金残高だ。
ところが、ここ数か月、預金残高が昨年度を下回る傾向が続き、一時期かなり下回って、強い赤字化や自己破産への危機感を持った。
どうしても必要な出費が続いていて、出費を絞った結果、最近やっと昨年度並みの残高に近づいた。

年末年始は、世間の雰囲気に流され、適当な出費や不要な出費を重ねやすく、調子に乗って気軽にする衝動買いを防ぐことが必要で、年明けまでその意識を強く持たねばと思っている。
貧しくとも、現状では、余計な出費をしなければ、生活に困ることはないし、多少の余剰金も生み出すことが出来るのだ。
最低限きっちりと自炊を続け、飲み屋等での飲み会に参加したり、必需品以外の物で3千円以上の商品を購入したり、コンサートや遠方の展覧会(交通費が掛かる)や遠方(他府県)への行事に参加しなければ、赤字にならないし生活に困ることはないので、こうしたことを来年初めまで確実に実行する必要がある。

夜になって9食分の副食製造に取り掛かり、当面必要な6食分の副食を作った。


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古いブログを発掘し自選ブログ集へ追加

2017年12月13日 11時54分34秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
ブログのアクセス解析を見ていると過去の記事が読まれていることがある。
念のため、過去の記事を読み直すが、その時に過去の記事の周辺の投稿記事にも、保存しておいた方がよい情報とか、当時考えていたことが記載されているブログをいくつも見つける。
ということはまだまだ埋もれたブログがありそうだ。
今後、古いものから順次読み直し、自選ブログ集に加えていきたい。


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昨日記171210日(ブログ作成)

2017年12月12日 16時47分27秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  13.8  4.3 曇時々晴
この日は、午前中将棋の番組を見ていると、藤井聡太四段が出ていたので最後まで見てしまった。
御互い攻め込んでいたが、藤井4段は敗退した。
その後ブログを書いたので、昼食は遅くなった。
夕方には食材の買い出しで、3カ所のスーパーを回った。

夜になってT氏のことを書きたくて、ブログ「T氏の永眠」を書いた。
彼の代表作に正確に覚えていないが、Y氏の休日といったタイトルの点描画の作品(現代美術コンクール受賞作品)があったように思い、それをもじったタイトルを付けた。
寝る前に、T氏の友人の経営する画廊に、遺作展があればうれしい、という意味のコメントを軽い気持ちで送ったことで、少し関係者をお騒がせした結果になった。

関係者の方々で、もしこのブログをご覧になられていたら、改めてお詫びいたします。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした。」
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昨日記171209土(西天満 ジム・ランニング  T氏喪中はがき)

2017年12月12日 16時10分29秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  10.9  2.5  晴一時雨
午後に冷凍ご飯の製造を行い、FMラジオの録音ファイルの整理と、タイトル付けをおこなった。
夕方には、西天満に行き、いつも回る現代系画廊を見て歩いた。
その後、歩いて梅田まで行き、銀行で出金を行い、近くのファストフードで読書をした。
この日、多くの人で地下鉄や商業施設は込み合っていた。
帰宅後、すぐにジムに行きランニングを行った。
時速9.5kmで25分余り走った。
走るときに、半分の時間はトレッドミルの取っ手(計測バー)を持って走った。
2分程度走ると、疲れて走れなくなり、2分間取っ手につかまって走ったが、後半は2分間でも耐えられなくなり、1分半から1分間と間隔を短縮した。
即ち最後の方は、1分間普通に走り1分間は取っ手につかまって走った。

この日西天満に出かける前に、郵便受けを見ると、T氏の喪中はがきが入っていた。
非常にショックで、悲しく寂しかった。
その詳細は、翌日に12月10日に「T氏の永眠」というタイトルでブログに書いた。
喪中はがきを見て以来、昨日まで彼の死のことが頻繁に頭に浮かんだ。



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昨日記171208金(無気力生活の現実と理想)

2017年12月11日 19時49分30秒 | 私的思い出・生き方・生活住環境
最高/最低  9.7  4.0  曇時々雨
この日は、副食作りを行った。
昼間は、副食作り以外に、それなりに自由時間もあったが、図書館から借りてきた本を読むわけでもなく、ラジオを聞いたりTVを見たりして、ダラダラと適当に過ごした

今まで、貧乏だから時間を金で買えないとか、残された寿命の時間を精いっぱい楽しく過ごすとか、口癖のように唱えているが、実態は冒頭に書いたように、適当に生きているのだ。
だが、たまにやる気が出て、時間が足りないと感じるときもある。
この自己矛盾は、自分でしか改善できないのだろう。
誰にでもあるかもしれない、本音と建前のような2面性の克服がこれからの生き方に大きな影響を与えるのだろう。

しかし、この問題は、今ままでずうっと取り組んできた問題でもあり、これからも失敗を重ねつつ克服しなければならない問題だ。
これに失敗し、いつも適当に生きるようになると、本当に、食べてTVを見て寝るだけの生活になり、何の充実感や達成感もなく、何も残すものもなく感動もない、空虚な人生で、一生を終えるのだろう。
そうした生活を送りたくない。
無気力生活や、なんとなく流される適当な生活は、良しあしではなく、私の価値観に全く合わないので、時折気付いては、軌道修正するだろう。
(成行き生活が悪いとは思っていないし、現実に私は日常的にそうした暮らしもしていることも多いが、私の生き方の趣味=価値観ではない)


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昨日記171207木(予定日報表 青春時代と残された寿命の時間に出来る事)追

2017年12月11日 18時43分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低  11.7  2.7  晴後薄曇
朝、家の前の露草を刈り取り、隣の駐車場に茂った、オシロイバナを刈り取った。
そのついでに、球根のまま土を棄て空になったプランターに放置していた5-6個の水仙の球根が発芽し、長いもので15cm程度に葉が伸びたので、このまま枯らしてしまうのも可愛そうなので、シソを植えてあるプランターの、枯れたシソを引き抜いて、植えてやった。

日中は、予定日報表の棒グラフの作業時間分類の色を一部追加して見分けやすくした。
来年が始まるまでに、来年度の空の予定日報表のフォームを作らなければならないが、手間のかかる仕事だ。
だが、今使っている予定日報表を使ってから、少なくとも過去の出来事を15分単位で検証できるようになった。
例えば昨年の秋に、展覧会を観に行ったような記憶があるという場合、昨年度の予定日報表を見ればいつ頃電車に乗って、どのギャラリーを何時頃に行ったかおおよそのことは、最低限時間単位で把握できるようになっている。
その記録を見るだけで、当時の光景が即記憶によみがえる。
だが家でゴロゴロしている場合は、ほとんど新聞TVとしか書いてないし、その時の状況は覚えていない。
予定がはっきりしている場合は、予定欄に予定行事か、行く先を書いて、HPやブログがある場合はリンクを貼っているが、数年たつとほとんどの場合、行事関連のリンクが切れているので、重要な行事の場合は、開催中のHPや関連資料をコピペして資料ファイルとしてPCに保存している。

夕方には食料品の買い出しに、3軒のスーパーを回った。
夜には、ジムに行きランニングを行った。
ランニングも筋トレも、記録がはっきりと低下傾向になりだしたので、誰もが通過する加齢による身体機能の低下=死への序章 と考えているが、何とかできぬものかと、対抗策を検討中だ。
無駄な抵抗だろうが、やるだけのことはやりたい。
同時に、残された時間(多分2-30年)を十分楽しみたいし、有意義に使いたい。

今後90歳中頃まで生きると仮定しても、20年以上あり、今後平均寿命100歳になると言われ始めた今、100歳以上生きると仮定すれば、30年間程度生きることになる。
20年間といえば、青春時代より長いのだ。
例えば青春時代を青年期と仮定すると、凡そ16歳から25歳程度で、約10年間である。
しかし、今の自分自身の考えや感性は、青春時代よりはるかに研ぎ澄まされていると思っているし、知識や行動範囲や人脈は、おどおどした自信のない青春時代とは比べ物にならない。
この様に考えると、残された時間といっても、枯れるのを待つというのでなく、工夫とやる気次第で、人間としての楽しみを謳歌し自分らしさを創造する実りの時間を過ごせる可能性があるのかもしれない。
そうしたことを実現するには、少なくとも5-60代の体力や身体機能の維持が必要だ。
今のところ、私はジムの記録から見ると、一般のほぼ60代前半男性程度の体力や筋力は、維持できているのではないかと思っている。(それぞれの身体機能に優劣はあるが。)
今後も肉体的にこのレベルを維持し、総合的に、体力、身体機能の維持や感性や知性を磨く方策を真剣に考え実行する予定だ。

余談になるが、青春時代以降から現在までの流れを振り返ってみて、生き方や価値観と経済について思ったことがある。
今、経済的には貧困生活を送っているが、負け惜しみでなく、最近報道されている金持ちの宮司一家の生活ぶりから比べると、今の私の貧困生活の方が、よほど楽しく充実していると思っている。
私も、サラリーマン時代(40年前)は年収600万円弱あり、預貯金も4-5千万円持ち、3-4軒以上の馴染みの飲み屋にボトルをいれていたので、そうした享楽的流れも多少理解できる。
だが、今思うと刹那的でむなしい面もあるし、無駄だらけの生活と思っているし、呑みに行くことで楽しさ、享楽はあっても、充実感は無かった。
生き方の上で、充実感というのは重要な要素かも知れないと思っている。
(多分宮司一家の連中の行く高級な飲食店と、阪急東通りの炉端焼き・家庭料理の店やスナックとは、人間関係もかなり違うと想像している。<男女関係ではない、庶民的な人間関係があった。>)

お金を持つとそれに見合った、無駄遣いをするようだ。
また消費すること、お金を使うことが、充実感や幸福とは一致しないのかもしれないと思っている。
今、平均年収程度の収入があれば、もっと素晴らしい有意義な使い方をするのでなく、それなりに無駄遣いしそうな気がする。
人は収入があれば、それに応じて、価値観が変化し貧しかった時の価値観を忘れることが多いように見える。


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昨日記171206水(最低気温2.2℃ ウインドウズプログラム更新)

2017年12月10日 20時32分50秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低   10.7  2.2  晴
この日の最低気温は2.2℃と、真冬並みに冷え込んだ。
いつもなら、室温が10℃近くなると、冬山用のダウンジャケットに着替えなければ冷えを感じて耐えられえないのだが、今年はそういうことは無く、11月ごろから着用しているスキー用のダウンジャケットのままで、全く寒さを感じない。
寒さになれたのか、基礎代謝が増加したのか分からないが 、とにかく寒さに強くなった可能性がある。
これから、本格的な無暖房生活の始まりとなるが、今のところ問題なさそうである。

この日も不足している副食を4食作り、時間を費やした。
夜になって突然マイクロソフトからの連絡があり、Windowsプログラム更新をするかどうかの問い合わせがあったので、すぐに更新すると答えた。
そして始まったプログラム更新は、結局プログラム更新に伴うウイルス対策ソフトの更新作業も含め、約2時間かかった。
この日もJIMに行く予定をしていたが、中止せざるを得なかった。
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T氏の永眠

2017年12月10日 14時01分04秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨日一枚のはがきが届いた。

裏面の絵を見て、T氏の個展案内と思った。
毎年、11月から12月にかけて、T氏関連の展覧会案内が届くが、今年は来てなかった。
多分、前回の展覧会でT氏からいろいろお話を伺っていたので、そのあたりの事情で今年は展覧会を控えられたと思っていた。
ところが、表に何やら書いてある。
読んで目を疑った。
もう一度読み直しても、そこにはT氏のことが書いてあった。
T氏が8月に亡くなられたとある。
更に、何度も読み返した。
信じられなかった。

私が、現代美術系の画廊を一時期経営できたのも、T氏との出会いがなかったならできていなかったと思う。
T氏は 年齢も私とほぼ同じで、よく気が合ったし、話しも良くした。
彼がお酒を飲めたら、もっと深く交流が出来ただろうと思っている。
画廊経営時代に、私が経済的に困っている時にもいろいろ気を使っていただいた。
T氏関連の作品の販売は、売り上げの大きな部分を占めたし、現代美術関係の人脈もT氏を通じて広がった面も大きい。
様々な面で、画廊をトータル10年間も続けられたのも、T氏の影響は大きい。
ある意味、私にとって恩人の一人でもある。
画廊廃業後も、展覧会の案内をいただいたり、その他いろいろ気を使っていただいた。
しかし、今私は経済的に貧困層であり、経済的な面のみならず、いろんな意味で恩返しが全くできなかったことを非常に残念に思っている。

彼は現代美術家として優れた才能があり、90年代には主要現代美術展でも、入選・受賞を重ね注目された才能ある作家の一人であった。
作品の表現は多岐にわたっていて、平面のみならず立体にも才能を発揮していた。
彼は、代表作である点描作品のみならず、様々なスタイルの作品を手掛けている。
ランプシェードも兼ねる造形作品も素晴らしかった。
彼の妹さんの死を機会に制作した、インスタレーション的作品は非常に素晴らしかった。
カフカをモチーフに展開した立方体に描かれた作品や、箪笥や仏壇やその他廃材を用いた、ある意味アジア的作品群も魅力的だった。
最近は、仏教の輪廻的な思考とキッチュやポップにエロスやアニメの世界が混然と混じり合った、時にアールブリュット的作品を連想させるような作品も多くなり、今後の展開を期待していた。

今は、すばらしい友人を失って、寂しい思いで一杯だ。
T氏のご冥福を祈ります。

追)T氏とは、塔本賢一さんのことです。1年経過したので故人としの個人名を明らかにします。(2019年1月5日)


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昨日記171205火(ギャラリーマーヤ・グループ展 時間は作るもの)

2017年12月09日 14時59分00秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低   9.3  4.5   晴一時曇
午後からJR高槻駅前東にあるギャラリーマーヤに行った。
馴染みの作家がグループ展をやっていた。
4人展であったが、そのうちの3人は顔なじみである。
その一人の角南氏から案内状をいただいたので、出かけた。
この日が搬出日でもあり、出品作家全員が揃っていた。
ギャラリーのオーナーさんも顔なじみで、以前体調を崩されたこともあったが、今はお元気な様子であった。しばらくギャラリーで雑談をして帰途に就いた。
途中大阪駅で地下鉄に乗り換える前に、ファストフードに寄り読書をしてから帰宅した。
最近は食事関連の家事やら、ブログ書きに、再び増え始めた現代美術関連のギャラリー回りやジムでの運動や、最近勃発したSVTVとHDの調整とか、PC関連の設定不良(メール転送の不具合・・・)等で時間を取られ、図書館から借りた本の読書が全く進んでいない。
時間が限定されるほど、本を読みたいという意欲は強くなるし、本を読んでさらに深まる疑問について解明したいと思うが、その時間がない。
同時に、時間は作るもの、という話をよく聞くが、私の場合時間があるとTVを見る悪い癖も思うように自分が考えたことが出来ない大きな原因の一つである。
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昨日記171204月(スキャナの設定)

2017年12月07日 16時36分31秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低   11.6  5.8   曇時々雨一時晴
午前中PCのデスクトップのアイコンが多くなり、ほとんど使用していないアイコンが多くなったので思い切って、あまり使っていないアイコンを消去した。
午後からは、昨日記を書いたり食材の買い出しに行った。
夜になって、10月10日に購入後に機種変換し交換して以来、ほとんど使っていなかったスキャナを本格的に使いこなすために様々な設定を行った。
設定の試行錯誤は、10時過ぎまで及んだため、夕食は缶詰で済ませた。
この日は、ジムにも行かなかった。
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昨日記171203日(SVビデオとHD 2kwギャラリー・Gトーク)

2017年12月07日 13時45分35秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
最高/最低   14.5  6.3  快晴
午前中、前日に続きSVビデオとPCのホルダーやファイルおよびHDのホルダーファイルとの関係やファイル操とSVテレビ操作パネルとの関係を、更に深く調べほぼ解明できた。
SVTVの操作パネル上で、ホルダーを消去しても実際のフォルダーには影響しないが、フォルダー内のファイルを、即ちSVTV操作パネル上の番組をSVTV操作パネル上のフォルダーに、移動させると、現実のホルダーでも、該当する番組のファイルが移動することが、確認できた。
こうしたことはマニュアルにも書いていないし、ネット上でも見つけられなかった。(多分丁寧に探せば見つけられるのだろうが、かなり検索する必要があるのだろう。)
SVTV操作パネルとエクスプローラー上の実際のファイルやホルダーやHDとの関係性が解明できたので、今後自信を持って、番組の出し入れやDVDへのコピーが可能になった。

各番組とファイルの関係性をつかんだが、録画されたファイル名は機械が自動的につけた単なる追番なので、ファイルに番組名やフォルダーにはカテゴリー別に名を付ける予定だが、この作業が大変だ。
ただHDへ移した録画番組も、そのままSVTVの操作パネルで表示することが今回のテストで分かったので、PC上でHDの録画番組を直接再生できることも分かり非常に便利になった。
今までは、一旦HDの該当しそうなファイルやホルダーを、一度PCにコピーしてから再生していた。
ただ、省エネのために、HDから再生したい番組だけをPCにコピーしてから再生しようと思っている。
何故ならHDから再生している間は、外付けHDは再生中動作しているが、外付けHDからPCへコピーするのは数分で終わるので、コピー後はHD電源をOFFに出来るのでかなり省エネになると思う。

午後から炊飯作業と冷凍ご飯製造を終わらせ、JRで大津に出かけた。
私が懇意にしている、新進気鋭の1級建築士の塔本研作氏が設計した、大津市の2kwギャラリーに一度も言っていないので是非行く必要があった。
しかも、2kwギャラリーのオーナーで現代作家でもある金子氏も、馴染みの人である。
実は、完成時の内覧会にもメールで招待を受けていたのだが、交通費が気になり行けなかった。
その後も何度か行こうと試みたが、経済的に辛抱しようという考えが頭にあり不義理を重ねた。
今回は、大阪に2kwギャラリーがあったときの若手作家達が行っているグループ展がおこなわれており、この日ギャラリートークがあったので無理をしてもいく事にした。
このグループ展は、2回に分かれていて、前回は私の日程の都合で行けなかった。

JR大津駅を降りて多少迷ったが、スマホ地図を利用し迷わずに行けた。
ギャラリーは、人で一杯だった。
評論家の作品解説や、世界の美術市場の話も面白かった。
日本の貸し画廊制度や、絵画マーケットの特殊性もそういう話はいろんな人から聞いていて知っているが、ギャラリートーク内で交わされた質疑応答を通して、作家の思っている作家像と、世界の主要アートフェア―を調査し、絵画市場も見てきた評論家の作家像との違いを見て取れた。
このあたりのずれは、日本の風土や芸術界の風潮や流れと世界との差異を考えさせられる問題をはらんでいる。
私は、現在の世界の方向(欧米中心)がスタンダードとは思わない。
現代美術の価値観は、今欧米が中心となっているが、やがてアジアの価値観が大きくなる可能性がある。
文化芸術の中心は、歴史的に見て経済力と関係がある。
アメリカが現代美術で力を持つようになったのもその表れであり、そこにはアメリカの価値観が色濃く反映されている。
そうしたことを考慮すると、日本の貸しギャラリーで育った現代美術も花開かせるときがあるかもしれないと思う。
現実に、既に中国の現代作家も世界で注目されているし、日本人作家も世界で注目されている人も何人か居る。
それ以外の日本人というより、私は関西の大阪京都しか知らないのでその狭い範囲で振り返ってみると、貸し画廊関係では、今それだけインパクトのある表現力・技法やコンセプト・哲学がある作品は少ないし、そうした実力のある作家・作品は既に美術雑誌やコマーシャル画廊が取り上げている。
それでも、ギャラリートークとその後の飲み会での作家との直接の会話で得るものは大きかった。
ただ、今回の出品作家では、作家自身方向性に迷いのある部分もあったようで、完成度もばらばらであったが、逆にそれだけこの先の展開が期待できるということも言える。
お開きになって、食事会のお話があったが、無論貧困層の私は参加できる余裕は無く早々に自宅へまっすぐ帰った。



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