Soopllofeiv の日常

管理人soop視点の奇妙な現状

peel session

2019-11-15 20:25:34 | Weblog

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machine trouble

2019-11-15 19:43:57 | Weblog
このコンピュータは
マウスコンピュター製
BTO構成

で起動時に会社のロゴが出るのに
時間がかるそれも微妙に長い

その後のウィンドウズ10のロゴがでない
たまに真っ黒だけかカーソルはでる
といった状態

どっちかというとすごいもっさりした
PCの起動でいつもひやひやさせられているので
前回の掲示は消去して

そちらの解決法を探してみることになった

色々調べたところ"スタートアップ修復"をするも
"できませんでした"という言葉
詳細を選んで自力でなんとかしろみたいな結果でした
あとできるのはシステムの復元か再インストールか

一応 回復ドライブは作っているので
本当にPCが制止したときは
それを使うことに

ファーファ「やばいの?」
soop「ううん メーカーのロゴ関係ならPC自体でブラックアウトならシステム」
soop「だからこのPCはその両方を孕んでいるといえるね」
ファーファ「たんにPC構成の都合でPCおくれているのカモ」
soop「そこなんだよね・・いちおうもっさりだけど正常に動くし」

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ソロモン

2019-11-12 18:29:59 | Weblog
話は遥か昔紀元前1000年ごろ
彼は空から降りてきた者から
祝福の言葉と金属の指輪をうけとった・・

彼は大きな広間に入ると
巨大な魔法陣を書く
円の中にはダビデの星の図形
そしてテトラデグラマトンと同意の言葉が記され
魔法陣の外周には蛇の図案が円の周りを取り囲んだ

そして魔法陣に向かい合う形で
白いチョークで直角二等辺三角形
と描いた

そばには台が置いてあり
そこには麻薬成分を含む毒草の香がたかれ
山羊の頭・牛の肝臓・ヒイラギの枝
それにケースに入って置かれた
材質の異なる多数の剣
くの字型・波打つ形・かぎ状等の短剣や長剣

彼は古代ギリシャの図書館に収められていた
ヘルメスの図鑑の写本の一部をもっていた
そこには古代の悪霊を呼び出す方法と
使役させる手段が記されていた

彼は魔法陣の中心に立つ
魔法陣は悪魔から身を守る役割を果たすからだ
そして彼は悪魔たちを召喚した

召喚された悪魔は彼に抗うが
悪魔が苦しむ言葉と
自らの姿を晒す鏡
そして複数の剣で彼らを
脅し、痛めつけ、脅迫した

そして悪魔たちを屈服させ
彼に使役するように契約させた

彼が使役した悪魔たちは
大小含め72柱
地獄の侯爵からちいさな悪鬼まで

彼は使役した悪魔たちに命令し
彼の王国に巨大な神殿を建てさせた

その後 彼の王国は世界で一番繫栄した

そして彼は自らの死期が近づいた時
円筒形で銀製の容器に悪魔たちを閉じ込め
森の深くにある秘密の沼に沈めた
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家庭教師

2019-11-11 18:18:28 | Weblog

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わかりきった事実

2019-11-11 18:01:39 | Weblog
    この世界は初めからあらかじめ全て揃っている

この世界は初めからすべての物質と法則が置いてあり
自らが産み出したであろう物は
実はここに置いてあるモノを拾ったに過ぎない
今ある人類はその積み重ねで独自の文明をひらいている

可能性として
もし今と違う選択肢で物質・法則等を拾っていたとしたら
現在とは全く異なった文明を興していただろう

結局人類は
この世界という物質の中で
決められた組み合わせを獲得することでしか
前進できない・・
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キャッスルランド

2019-11-11 17:38:26 | Weblog
ある日 オワリナキアクムさんから、
電子メールがきて
最近 京都に妻と一緒に観光にきたが
伏見城には入れなかったという内容だった
それをみて僕は思い出した
確か2007年のMSNで映画のイベントで
伏見城をライトアップするというのが載っていた・・

別名
桃山城、木幡山城
城郭構造
梯郭式平山城
天守構造
不明(指月山・1592年築)
(木幡山・1596年築/1601年再)
複合式望楼型5重6階(RC造模擬・1964年築)


茶々 天涯の貴妃
『茶々 天涯の貴妃』(ちゃちゃ てんがいのおんな)は、2007年12月22日に公開された日本映画。井上靖の小説『淀どの日記』を原作に、豊臣秀吉(羽柴秀吉)の側室である浅井茶々(淀殿)の生涯を描く。主演の和央ようかは本作が初出演映画であり、初めて女性を演じた作品である
製作費は10億円で、そのうち1億円が衣装代にあてられ、7000万円かけて撮影用に伏見城を改修した。2007年9月20日にクランクインし、11月中旬にクランクアップした。
2008年、第3回おおさかシネマフェスティバルにおいて、和央ようかが本作で主演女優賞を、谷村美月が本作と『檸檬のころ』、『魍魎の匣』で助演女優賞を受賞した
本編のDVDは2008年6月21日発売。

現在伏見城の管理は宮内庁である
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スペル

2019-11-10 18:17:31 | Weblog

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dysgenics

2019-11-10 14:26:44 | Weblog
繫栄する幸福な社会には
敬意をもってお互いを遇する
知的な人々が必要とされる
気を配り社会全体を向上させるために
常により良い手段を考え出す人々を

もし自然淘汰がどんどん進めば
社会では彼らのような遺伝子が優勢になるだろう
病気や身体障碍・知的障碍を引き起こす
醜悪な遺伝子は19世紀ダーウィンが描いた原理によって消えてゆくはずだ

しかし 社会のより好ましい特質に貢献できる遺伝子は
リスクにさらされているかもしれないのだ
もしもIQが遺伝子により決定され高いIQを持つ人々が
低いIQを持つ人ほど数多くの子供を作らなかったとしたら
その集団全体の知性は劣ってしまう
もしも「他者への優しさ」が遺伝性で優しい人々が
そうでない人達ほど多産でなかったとしたら
醜悪な遺伝子がより幅を利かせるようになるかもしれない

「そのような淘汰が長い期間にわたっておこなわれたら我々は今ほど賢くない
 けれども多産なホモ・フィロプロジェニタス(多くの子孫を愛する者)へと
 進化してゆくかもしれません」

                      哲学者:ニック・ボストロム

優秀な遺伝子はいずれ醜悪な遺伝子に
一掃されてしまうのだろうか?

ロンドンの遺伝学者スティーブ・ジョーンズは
以前なら死に直結していた病を癒す能力が
医療のせいで進化という自然の力を骨抜きにしてしまったと考えている

ヒト同士のバリエーションを生むのが遺伝子変異だ細胞が分裂するたびに
その中のDNAは変異をとげる可能性があるが大半の変化は些細なもので
子供達には伝えられないだがごく稀に変異が体の一部のみてくれやはたらきを
変えたり、さらに稀なケースだが命取りになることもある
我々が年齢を重ねると変異の数も加算されてゆく

特定の変異がある集団内で一般化されてゆくプロセスが"淘汰"だ

かっては人の遺伝子がその寿命を完全に支配し「最高の遺伝子」を生き残らせて
DNAを伝えていた しかし近代医学はその機会をすっかり均等化し
進化が手を出せる余地がなくなってきている
我々が年齢を重ねるうちに蓄積する遺伝子変異もその修理法が解っている
いまは命取りになることはない
これまで危険だった遺伝子変異が現在では当たり前のように生き延び
子どもたちに伝えられていることになる

「ダーウィンと交わした最後の会話の一つで、彼は自然淘汰が我々の近代文明に手を出せず
 適者だけが生存するわけではないことを理由に人類の未来に対してとても暗い見通しを
 たてた」
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ネグレクト

2019-11-10 13:54:22 | Weblog
題名:誰も知らない
監督:是枝裕和

この作品を観て

 児童虐待(育児放棄)がテーマになっており、
 物語は夜 電車内で大きなトランクケースのわきに
 遠い目をした少年が立っているシーンから始まったと思う
 かなり前に見た映画なので印象でしか伝えられないが
 子供達だけで暮らす情景がとても細かく作りこまれており
 全体的に母親および大人たちが
 いかに自分本位で無責任かが説得力ある演技で表されている
 なおこの作品は下記の実際に起きた事件を基に制作された
 


 1988年7月18日、東京・豊島区西巣鴨のマンションで、母親が出ていき
子ども3人だけで生活していたことがわかる。まもなく愛人宅にいた母親A子(当時40歳)が逮捕される。子ども達はそれぞれ父親が違い、また次男はすでに死亡していたが、
届け出ず隠していたことが判明
 さらに母親不在時の4月に、長男(当時14歳)とその友人(当時12歳)が
三女(2歳)をせっかんして殺害していたことがわかった

【母は子どもを置いて】

 1988年7月18日、東京・豊島区西巣鴨にあるマンションの大家から、「居住者の母親が子供3人を置きっぱなしにして帰宅しない」という通報があった。巣鴨署員と福祉事務所の相談員が部屋を訪れると、小さな子ども3人がおり、大家の言うように母親の姿はなかった。部屋の中は衣類などが散乱しており、カーテンも閉めきられた状態で、残飯が腐るなど異臭がたちこめていた
 子どもは14歳の長男を筆頭に、長女(当時5歳)、次女(当時3歳)の3人。妹たちは栄養状態が悪く、特に次女はガリガリですぐに入院することになった

長男によると、3人はそれぞれ父親が違い、このマンションで子どもだけで生活していて、学校にも行ったことがないという。母親は前年10月に家を出ていったあと、たまに様子を見に帰って来たりしていた。1月からは母親は姿を見せないようになり、時折2~3万の生活費を送るだけで、長男は階下のスーパーでパンやおにぎりを買い、妹たちに与えていたという。ガスや電話はすでに止められており、家賃も2月からは不払いが続いていた。周囲の住人たちはこのことにまったく気がついていなかったという

22日、子どもの話から、3人の他にもう1人子どもがいることがわかったため、家宅捜索をしたところ、押入れの中から乳児の白骨死体が見つかった

 23日、報道を知って、千葉県内の愛人宅で暮らしていた母親A子(当時40歳)が出頭、保護者遺棄の容疑で逮捕される。
 A子は前年9月までは大塚のマンションにいたが、10月に巣鴨に引越してきた。その際、大家には「デパートに勤めている」と話していた。巣鴨のマンションに引っ越した直後、愛人ができ、子どもが邪魔になって置き去りにしたという。

 A子は5人の子どもを産んでいた。長男以外は自宅出産し、5人とも出生届を出していなかった。持っていた手帳によると、5人の産まれた年は次の通り

長男 1973年10月
長女 1982年11月
次男 1983年11月
次女 1984年9月
三女 1985年9月

母親は子どもが小学校に入学するのを楽しみにしていたが、当然就学通知は来なかった。しかし、それでも行政に相談するようなことはしなかった。
 教材を買い与えて勉強をさせるというようなこともしていたようだが、当時14歳の長男は名字は漢字で書けても、下の名前はひらがなでしか書けなかった

1985年2月、次男がほ乳瓶をくわえたまま死んでいた。A子は処置に困り、届け出ないでそのままポリ袋に隠しておき、引越しの時もスーツケースで持ち運んでいた。押入れを仏壇がわりにして供え物などもしていたという。警察が発見した白骨死体は次男のものだった。しかし、2歳の三女の姿はどこにもなかった。母親もその行方については知らなかった

【子ども達だけの世界】

 やがて親が不在の子ども3人だけが暮らす一室で、長男とその友人の中学1年の男子生徒2人(ともに当時12歳)が三女をせっかんして殺害していたことがわかる。暴行は4~5時間続いていた。

 長男は引越してきた直後にマンションの近くで、その少年たちと出会い、一緒に遊ぶようになった。
 4月21日昼過ぎ、家に遊びに来ていた友人のカップ麺が見当たらなくなった。妹の口元に海苔がついていたことから、「食べたな」と木の棒で殴って3人の妹たちを責めた。妹らは素直に謝ったため、一旦はおさまり、少年たちは別の部屋で遊び始めた。
 しばらくして三女がおもらしをしたため、押し入れに積まれた布団に乗せ、ぐらぐらして下の畳に落ちるのを見て楽しんでいた。長男が「もうやめろよ」と言うと、友人は「おもしろいから、お前もやれ」と言った。
 何回も落とすと、三女はぐったりしたため、少年たちは湯たんぽで体を温めるなどした。
友人の1人はその日の夜に帰宅し、残った2人でマッサージをしていたが、三女は翌日の昼過ぎには死んでいた。
 三女の遺体は腐敗してきたため、1週間ほどして、長男と友人は遺体をボストンバッグで運び、埼玉県秩父市大宮の羊山公園わきの雑木林に捨てに行った


死亡していた三女と次男は戸籍がないため火葬の許可がとれず、8月9日、A子は5人分の出生届と、2人の死亡届を豊島区役所に提出した

【処分・裁判】

 1988年8月10日、東京地検は長男を傷害致死、死体遺棄で東京家裁に送致。「母親がいれば起こりえなかった事件であり、長男は教育的措置が必要」と、長男は少年院ではなく教護院送致へと異例の処遇意見を付けた

 同年10月26日、東京地裁、A子に「わが子を養育する煩わしさから逃れようとした無責任、身勝手極まりない犯行、三女の死の遠因となったと言っても過言ではない」として、懲役3年、執行猶予4年を言い渡した

                           オワリナキアクムさんより引用
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2019-11-10 12:19:47 | Weblog

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