昨日23日の新聞報道によると最古の歌集と言われている「万葉歌木簡」が出土し解明されたと言う。しかも木簡に記された歌は最も基本的なものとして「最初に覚えるべき和歌の手本だと言っている」その2首をみると
:安積香山 影さえ身ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに
(あさか山の影までも見える澄んだ山の井のように浅い心をわたしは思っていないのです)で、恋愛などプライベートな「相聞歌」と言われている・
:難波津に 咲くや木の花冬こもり 今は春べと咲くや木の花
(難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たといって梅の花が咲いています)で、繰り返し咲く花で天皇家の繁栄を表現した公的な「雑歌」と言われている。
この2歌は、905年に編まれた「古今和歌集」に手習う人の初めに覚えるものとし「源氏物語」などでも手習いの歌としてセットで登場していると言う。それほどに基本的な2歌が同時に木簡から読み取ることが出来たとは平成時代における大変な発見である。木簡は万葉仮名で記されていると言う。
昭和54年1月18には、「古事記」の編者太安万ロは架空の人物ではないかと言われていたのがその墓が発見され墓誌も見つかりその実在が証明された。712年(和銅5年)に完成した古事記も万葉仮名で書かれている。
万葉集は、759年までの和歌4500首が収められている。なんと日本はおもしろい国ではないか。日本の文化に深く触れたいものだ!
:安積香山 影さえ身ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに
(あさか山の影までも見える澄んだ山の井のように浅い心をわたしは思っていないのです)で、恋愛などプライベートな「相聞歌」と言われている・
:難波津に 咲くや木の花冬こもり 今は春べと咲くや木の花
(難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たといって梅の花が咲いています)で、繰り返し咲く花で天皇家の繁栄を表現した公的な「雑歌」と言われている。
この2歌は、905年に編まれた「古今和歌集」に手習う人の初めに覚えるものとし「源氏物語」などでも手習いの歌としてセットで登場していると言う。それほどに基本的な2歌が同時に木簡から読み取ることが出来たとは平成時代における大変な発見である。木簡は万葉仮名で記されていると言う。
昭和54年1月18には、「古事記」の編者太安万ロは架空の人物ではないかと言われていたのがその墓が発見され墓誌も見つかりその実在が証明された。712年(和銅5年)に完成した古事記も万葉仮名で書かれている。
万葉集は、759年までの和歌4500首が収められている。なんと日本はおもしろい国ではないか。日本の文化に深く触れたいものだ!