写真で綴る気ままなすぎさん

野鳥・花・祭り・生活など気ままに撮り歩いた写真の紹介

我孫子 白樺派の散歩道とまちなみ(1) 我孫子駅周辺

2020年05月14日 20時58分26秒 | 我孫子・手賀沼・あけぼの山公園

茨城との県境にある我孫子は白樺派の文人をはじめ、数多くの文化人が居を構え、別荘を持った場所としても知られ「北の鎌倉」と称された事もありました。今回は緊急事態宣言で遠出は出来ないので、運動にはちょうど良い距離でしたのでアビスタインフォメーションから頂いた「白樺派の散歩道と水辺の町並みコースMAP」を基準に歩いてみました。
我孫子駅~ (1)飯泉喜雄顕彰碑~ (2)停車場道碑~ (3)けやきプラザ・右側 アビシルベ(我孫子インフォメーションセンター)(4)蚕霊塔~ (5)山一林組製糸工場跡及び石橋製糸工場跡~ (6)我孫子宿本陣跡~ (7) 旧我孫子宿名邸~ (8)主子の神道標・従是子神道~ (9)香取神社~ (10)天神坂~ (11)柳宗悦邸跡~ (12)嘉納治五郎別荘跡~ (13)楚人冠公園~ (14)杉村楚人冠記念館~ (15)ハケの道~(16)我孫子市白樺文学館~ (17)志賀直哉邸跡~ (18)旧村川別荘~ (19)子の神大黒天~ (20)親水広場・水の館~ (21)鳥の博物館~ (22)山階鳥類研究所~ (23)文学の広場~ (24)血脇守之助謝恩の碑~ (25)バーナード・リーチ碑~ (26)手賀沼公園・平和の記念碑~ (27)ご江間の渡し~ (28)中勘助仮寓跡~ (29)旧武者小路実篤邸跡 22545歩でした。

我孫子駅前の「我孫子市ゆかりの文化人」~

(1)飯泉喜雄顕彰碑~
飯泉喜雄は「鉄道なくして町の発展はない」こ考え、日本鉄道会社に我孫子駅用地を無償提供して土浦線(現JR常磐線)を誘致した。明治29   (1896)12月開通。平成15年、有志130名余からの寄付により顕彰碑を建立。この顕彰碑は開通時に投入された蒸気機関車6600型を模した。

(2)停車場道碑~
明治35 (1902)年頃建立。第8代町長に就任した飯泉喜雄が駅前の整備に尽力

(3)けやきプラザ・右側 アビシルベ(我孫子インフォメーションセンター)
千葉県と我孫子市の複合施設です。11階の展望スペースからは市内のまちなみや手賀沼のほか、茨城県側や柏市などの遠景が望めます。

イトーヨーカ堂( 元山一林組製糸工場がありました)・・・横に蚕霊塔があります。

(4)蚕霊塔~ 蚕の供養塔

(5)公園も・・・山一林組製糸工場跡及び石橋製糸工場跡~
現イトーヨーカ堂&公園一帯 明治39 (1906)年建設。最多時女工は380名余、生糸生産量は年産5000貫(約19t)。昭和1 1    (1936)年石橋生糸株式会社となり、昭和60(1985)年まで操業した。

山一林組製糸工場跡及び石橋製糸工場跡の看板

(6)我孫子宿本陣跡~ 看板がありました。
(7) 旧我孫子宿名邸~
小熊甚左衛門の屋敷。小熊家は享保20 (1735)年から明治に至るまで、名主を勤めた。

(8)子の神道標・従是子神道
寛政元(1789)年建立。子の神大黒天の参道「子の神道」の分岐点を示寸

我孫子 白樺派の散歩道とまちなみ(2)へ続きます。



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