私を知る

自覚を中心に悟りのヒントを書いています。自覚とは「私」に意識を向け、一切は「私」の考えであることを自覚していくことです。

悟りの階梯(2)

2014年02月27日 10時21分59秒 | 悟りの階梯
◇悟りの階梯(2)◇

昨日の続きです。

第二の段階は、個の意識である自我と全体意識である真我の両方に目覚めた段階です。
大切な点は、「自我と真我の両方」に目覚めることです。
いずれか一方だけの目覚めでは、この段階に至っていません。

自我と真我の両方に目覚めることにより、自我の思考である分別がさらに減るとともに、分別が幻であることもさらに附に落ちてきます。
これにより、自我の活動である分別がさらに減り、いわゆる「自我が落ちた」という状態になります。

分別がさらに減りますので、起こってくる一つ一つの分別を認識し、必要に応じてコントロールできるようになります。
この段階で、分別に対する十分な主導権が得られ、分別に翻弄されることが殆ど無くなります。
分別が大幅に減ってますので、分別が起きていない無我の状態に入ることも容易になります。

またこの段階では、現実世界のすべての事象について私がつくった考えであるという理解が附に落ちてきますので、現実世界に対する迷いや執着が薄くなります。

さらにこの段階では、智慧の発現がさらに活性化してきます。
そして、真理への理解が自ずと進んでいきます。

但しこの段階では、自我が落ちても、私という個の意識や私という感覚は残っています。
これを言葉で表現すると、「私は在る」という感覚がピッタリと当てはまるのだろうと思います。
体感的にも、ハートの中心に「私」という感覚が感じられる状態です。

輪廻との関係については、肉体が滅んだ後は、天界に行きます。
ラジニーシさんによると、肉体転生を自ら強く望むような一部の例外を除いて、この段階で肉体への転生が無くなるとのことです。
しかし私としては、天界で個々に必要な時間を過ごした後は、再度(少なくとも一度は)肉体に転生する必要があるのではないかと考えています。
なぜなら、希薄ながらまだ残っている自我を手放す悟りを得るためには、肉体への転生が必要だろうと考えるからです。


続きます。


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読んで頂いてありがとうございました。

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