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普通の生活の中での、思いついたこと、考えたこと。何かを表現したい、書いておきたいと思った時に、ココで発散しています。

ももかちゃんの思い出

2016-08-26 14:20:46 | ひとりごと。
もう10年も前のこと、
3歳と5歳だった娘たちと一緒に、近所の公園によく遊びに行っていました。
二人とも、補助輪のついた自転車に「ガーラガーラガーラ!」と元気よく乗り、私は「あんまりスピード出さないでー!」などと言いながら小走り。そんな毎日でした(#^.^#)
ある日、いつも曲がる小さな路地で、娘たちと同じぐらいの女の子とお母さんがお散歩をしていた。
女の子は、足が不自由らしく、ギプスをはめていた。頭にもヘッドギアのようなものをはめていました。
そして、お母さんに両手をひっぱってもらいながら、一歩一歩、ゆっくりゆっくり歩いていました。
娘達がリンリーン!と自転車のベルを鳴らしてしまったので、女の子とお母さんはびっくりした様子で立ち止まり、
お母さんが「すみませーん、」とおっしゃり、女の子と二人で端へよけて下さった。
足が不自由なのに申し訳ないな、と思い、「こちらこそすみません」と、謝りました。
娘達にも「お友達が危ないから降りて通ろうね」と話し、自転車から降りた娘達も「ごめんなさい」と言ったら、
その女の子がにこにこして、娘達の自転車に手を伸ばして触ろうとしました。
お母さんが「あっダメよ、それはももかのじゃないのよ。」と止めました。ももかちゃんと言うのね。
それでも、ももかちゃんは触ろうと手を伸ばすので、「触らせてあげたら?」と、娘達に言いました。
二人とも「いいよー!」と言って、ももかちゃんに自転車を触らせてあげた。
「これがベルでー。これがハンドルでー。」と、説明するこぐまちゃん。にこにこしながら、とても嬉しそうにベルやハンドルを触っているももかちゃん。
「足、どうしたの?頭、どうしたの?」と、いきなりこぐまちゃんが聞く…にこにこしてるももかちゃん。
代わりにお母さんが「いまね、歩く練習をしてるのよ。転ぶと危ないから、頭も守ってるの。」と教えてくださった。
お母さんも、にこにこしていて優しそうで、とてもあたたかい感じの方でした。

その日はそれでお別れして、また次の日、同じ時間にその路地を通ると、お母さんとももかちゃんがいた。
娘達は「ガーラガーラ!」と、自転車で近付いていき「今日も触っていいよー!」と、声をかけていた。
ももかちゃんはまた、嬉しそうにあちこち触っていた。
私もお母さんと少し立ち話をするようになりました。そういうことがしばらく続きました。

ももかちゃんは生まれつき身体が不自由で、本当に、やっと歩けるようになり、こうしてお外へ出て練習しているんだそうです。少し知的な遅れもあり、養護学校へバスで通っているとのこと。
3人で自転車に触ったり、娘が何か話しかけて、ももかちゃんがにこにこしていたりするのを見て、
「ももかにおともだちができたのは、はじめてです。」と、少し涙ぐんでいたももかちゃんのお母さん。
次の時、レモンケーキをくださった。ももかちゃんがレモンをぎゅーっとしぼったんだそうです。
「ももかちゃんがレモンぎゅーってしたんだって!」「すごーい!」「すごいねー!」ももかちゃんは、にこにこ。
にこにこしながら、レモンをしぼっていたのかな。さわやかで、とても美味しいレモンケーキでした。
お返しにあげたシールを大事そうに胸にかかえていたももかちゃん。冷蔵庫に貼ってくれたそうです。

確かそれが冬休みで、3学期が始まり、娘たちが水疱瘡になりしばらく外へは出ず、そうこうするうちに、引越しが決まりました。(引越しといっても、駅の西口から東口のマンションへの近距離なお引越しですが)
ともかく4月から新しいおうちでの生活です。引越しの準備や、天気が悪かったりで忙しくなり、自転車で公園に行くこともあまりできなかった。
たまに行ける時には、「ももかちゃんのみち」を通ったのですが、ももかちゃんはいなかった。
「風邪ひいちゃったのかな」「寒いからねー!」など、気になったのですが、とうとう会えませんでした。

そして、4月になり、幼稚園のときのお友達と会うことになり、娘二人と一緒にバスで西口へでかけました。
(娘は引っ越し先近所の幼稚園に転園しました)「わぁ、久しぶりー!」「あれ、大きくなった?」なんて言いながら、みんなで遊び、帰りもバスです。

何気なく、バス通りから外の景色を見ていました。信号でバスが停まる……ふと、見ると、歩道にももかちゃんがいる!
お母さんに手を引かれて、一歩一歩と歩いている!いつもの路地ではなくて、バス通りまで出て来れてる!
「あれ?ももかちゃんかな?」「あっほんとだ!」「ももかちゃんだ!」と、娘たちも気づいて、窓をばんばんたたいて、ももかちゃーん!ももかちゃーん!と大きい声で叫びだした。バスはすいていたけど、「ちょっと、窓たたいちゃだめ!」と注意しつつ私も気づいてくれないかな、と一生懸命窓際で手を振ってアピールした。

そしたら、お母さんが気づいてくれて、すごくびっくりした表情で、でもにこっとしてくれた。
ももかちゃんに何か話し、ももかちゃんの身体ごとゆっくりバスの方へ向けてくれた。
私達は3人で大雨の時の車のワイパーのように手を振った。
お母さんがももかちゃんのひじを持ってくれた。ももかちゃんは私達をしっかり見て、ゆっくり、手を振ってくれた。
いつものように、いつもどおりに、にこにこしていた。

信号は青になり、バスは走りだした。小さくなるももかちゃんとお母さん。お母さんも手を振ってくれていた。
「すごい、偶然だね!」「ももかちゃん、たくさん歩けるようになってたね!」「おてて振ってくれたね!」
と、3人ともなんだか興奮してしまって、とにかく、すごく嬉しかった。

西口に行く用事はそれ以来なくなり、ももかちゃんともそれきり会えていません。
お母さんもももかちゃんも、きっと元気でいてくれますように、と思いながら、月日がたってしまいました。

相模原の方で、障害者の方が大勢犠牲になった事件があったとき、
まっさきに思い出したのは、ももかちゃんのことです。
施設にいた方たち、一人で歩けないというだけで、あまりお話しができないというだけで、なんで殺されなくてはいけないの。
娘たちのことを「はじめてのおともだち」と言ってくれたお母さん。にこにこしながら、自転車をさわっていたももかちゃん。

ももかちゃんは、「桃花」と書くそうです。桃の花がたくさん咲く春に生まれたから。
今ごろ、どうしているかしら。国道の方で養護学校のバス「ペガサス号」を見ると、ももかちゃんが乗ってないかな、と、ふと思います。
ももかちゃん、歩けるようになって、走れるようになって、自転車にも乗ったりできてればいいな。

事件から1か月経ち、犯人のことや識者の意見など、新聞の記事を読むたびに、二度とこんなことが起こりませんように、と胸に手を合わせて祈るばかりです。誰だって、どんな人だって、一生懸命生きている。



(^.^)/~~~



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