

今年の冬から初春にかけては、異常なのかも知れません。
いいえ、否、これは既定の、例年通りの事なのか?
私が意外にも、子供の時の事を通り過ごし、忘れ去ってしまっているせいなのか?
それにしても、寒波や、この様な、大雪が多い今年の初頭の様な気が致します。
しかし、考え直してみるに、やっぱり、子供の時の方が、雪はもっと降っていたはずだなあ。
そんな気がして来ました。
何が過去最強最悪の「大寒波」だか!昔も今もそれ程変わらない筈です。
それに、今は「地球温暖化」と一般には信じ切って信じられている。これにも私は疑りの目で見てしまいます。
地球は、過去、超氷河期、氷河期、温暖期、熱帯期などと、かつてから、地球独自のサイクルがあり、それは何も、人間如きの産業工業活動によって、左右され得る者なのか、果たして。
それは、それこそまさしく、そんな考え自体が、人間、人類の傲慢の証拠なのではないのか。自然はもっと偉大な筈だ。そんなにやわじゃない。
地球・世界の秩序は、全て人類がコントロール出来得る、という悪辣な傾向性。
何か人間の、私は宗教で言えば、「キリスト教起源」の、人間が大自然を管理・コントロールするという、「キリスト教の神(ゴッド・God)」の影の摂理、姿形を真似をしていた、という、人類が「大支配者」の地位に甘んずるキリスト教的世界観思考法が関係している様に思う。
そんな考えの発端発信源は皆、先進キリスト教国が大多数を占めるから、そんなおかしな考え方になる。当たり前と言えば当たり前。
人間の浅はかな、不自然で不完全で不寛容な科学の学問の世界観で何でも推し量り、決めつけようとする、そこにもメスが入れられ得るべき。果たして科学が西洋科学が万能なのか。私はこれにも疑問ですがね。
もっと大自然とは、フレキシビリティー・融通無碍なるもので、時として災害等も起こり得る。
そんな自然に対して傲岸でおごりたかぶってへり下らない、何か不遜な関係性を今現在のステレオタイプな単純簡単単細胞思考の、今風の人類の単一の志向性傾向性に見るのです。
今は第何紀の、温暖期の一時に当たる、と考え見るのが、私は最適解なのかと。
そんなに、二酸化炭素が増えたからって、多少の温度差はあるかも知れないが、COP3京都議定書、などが指し示す、地球温暖化の原因が、人類のCO2の過剰な排出による、そう断じて来ましたが、地球の気候など、初めから、一定して安定する訳がないのでありまして、そう決めつけるのが自然というものをバカにしていると、直ぐに何かあると「異常気象だ!」と騒ぐマスゴミ共、知ったかぶりの科学者。私は疑義を唱え差し挟まざるを得ないものであります。
そんな事を毎度の如く、日常的に感じ得た、今日の大雪の早朝の事でありました。
以上。よしなに。wainai