妻が台所を整理していてサルナシの焼酎漬けを見つけた。梅干しのように縮んだ実を食べてみると、もう味は抜けきって、微小な種だけが舌にふれた。果実酒は、漬けたことを忘れた頃のものが熟成が進み美味しいようだ。
そのサルナシ酒は、この7・8年愛飲していた上越の酒蔵を訪ねた折に、宿近くのスキー場の林で見つけ採取したもの。
その辺りは、秋にはヤマブドウが多く実るため、熊注意の看板があちこちに立てられていた。サルナシを採ったのは熟す前の季節だったが、熊と遭遇するのが怖くて少量しか採れなかった。
当ブログには『ハマゴウ』の記事がある。山梨県の温泉では『マタタビ』酒を買ったこともある。仙人や杣人が薬用に用いたといわれるリキュールを旅先で見ると、何故か買わずにはいられない。効能に妙な期待が膨らむからに違いない。
近年はオオスズメバチの焼酎漬けをよく見る。捕獲数が多いのだろう。蜂毒も焼酎で希釈すれば、人を壮健にする効能があるらしい。とはいえ、マムシをはじめとする動物系リキュール?は、中身がグロで飲む気になれない。
少年の頃、週末になると街路の端に、70才くらいのお爺さんがリヤカーの屋台を停め、ヘビの焼酎漬けの瓶や乾燥したマムシとその粉末などを売っていた。商店街では見かけない奇異な商品に、好奇心を唆られた人たちが足を止めていた。
艶々と光る店主お爺さんの頬が、妙に赤みを帯びていたのが印象に残っている。われわれ悪童たちは、その老人が常にヘビを食べているからに違いないと囁き合っていた。
今日でも、山国の道の駅などでは、マムシの焼酎漬けやオオスズメバチの蜂蜜漬けをよく目にする。私たち日本人は、それらの効能に根強い信頼を寄せて来たように思う。
医療が絶無の山間僻地において、凡ゆる怪我と体調不良に対処する民間の万能薬マムシ酒と蜂酒は、どれだけの長い歳月を、外用と飲用でその地の人々を救って来たことだろう。
思えば、人類の医療に頼れない生活の歴史はあまりに永い。しかし余計な知識が無ければ、今日のように疾病不安に苛まれ、早期発見を願う毎年のドックでの検査に怯えることもなかったはず。医療皆無の時代でも、寿命は短くても、人々の幸福の総量は、存外損なわれていなかったのではないか?