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高須先生の偉大なるお力で当ブログ始まって以来の来場者数を記録致しました。多くの方々に読まれることで一人でも多く目覚めて頂ければ幸いです。
炎上に伴いまして多くの賛同や反対意見を頂くのも事実でございます。参考迄にツイッターで寄せられた二つのリプを掲載したいと思います。
濃川一松氏
『南方で無念の死を遂げた日本兵を戦争を知らない世代が英霊と持ち上げることこそ失礼な話。戦死者の大多数は餓死か病死。要するに国に殺された人々
→餓死や病死は戦死じゃないというのか?全て「戦死された」事に何ら変わりはない。戦争を知らない者が「英霊」と敬う事が失礼な事と言う方が余程無礼だ自分が仮に戦争でしんでも靖国には行かず、英霊と賛美する奴はあの世から呪うとか言う者がいるが、要らぬお節介だ。
あの戦争で若くして神風特別攻撃隊となり戦死された方達は、「靖国で会おう」と戦友同士誓い合い、散っていった。だから、俺は靖国に彼らの姿を見、敬意を払うのだ。』
配慮匿名
『読んでも全く理解できないな。
バカな戦争の愚かな作戦の犠牲になった兵士の皆さんの魂にただただ首を垂れるのみ。
少なくとも、大義があったなどと抜かす輩だけにはならないようにしたいし、そう伝えていきたい。』
このように両極端な意見が存在するのは勿論戦争に対する捉え方が両極端であると共に高須先生の立ち位置に対する反動とも言えるでしょう。
前者は日本人としての真のアイデンティティを既にお持ちの方のようです。後者匿名さんの垢を拝察すると反安倍の初老の御仁のようです。この様な政治的に高須先生の真反対に居る方は何をどうしても無駄、変わる事は絶対にないと言い切れるでしょう。
日本人の魂を喪った人だからです。これこそが占領政策での思想分断、精神的分断の最たるものであり、戦争を二度と繰り返さないという共通認識のもとに過去の戦争を全否定するものと感謝するものとが分断するのです。
インパール作戦も史上最悪の作戦と言われる程
餓死者と病死者を出しました。インド独立と日本の為に亡くなられた方々がもし仮に勝っていたらどうなったでしょうか、少なくとも"馬鹿な戦争、愚かな作戦"とは言われないはずです。
従って後者は勝ち負けでスタンスを変える屑であると言えます。
インドの方々は日本と戦死者に感謝されています。それは日本のおかげで独立出来たからかもしれませんが、あの戦争を馬鹿で愚かな作戦との否定はしません。
何かのせいにする人はプライドが高く自分に自信がない、責任を負いたくないか別の人に転嫁したい人です。
高須先生は常に先人たちに対して今自分がここにあることを感謝されます。それは日本人の半分以上が忘れてしまった先祖崇拝の精神なのです。
これを読まれた若者は是非高須先生のように三ヶ根山へ行くも良し、靖国神社、護国神社でも行ってありがとうと一言英霊に語りかけてみてはいかがでしょうか。