家の片付けをしていたら
昭和41年10月(1966年)「日本電信電話公社」の広報表紙(長野版)と
「飯田電報電話局自動化」の案内がでてきました
「でんわ デンポーの未来は」の見開きページより抜粋
「昭和40年代後半には日本中の電話が”すぐひける、すぐかかる”ようになり
50年代はその上に多彩なサービスが花開くでしょう」
右側のページ
「40年代社会生活の発展と合わせて、昭和50年ごろの電話数は約2,800万個になるでしょう
これは人口100人につき26個にあたり、現在のカナダなみです。」
左側のページ
昭和50年代「電話機はいろいろの働きをする押しボタン式になり40年代のポケットベルに代わり
一般の電話機と自由に話せる超小型の移動電話機も実現するでしょう」
昭和41年11月(1966年) 飯田電報電話局 自動電話改式だより(抜粋)
「長いあいだご愛用いただきました共電式電話(交換手のつなぐ電話)も
いよいよ11月27日から最新式の自動電話に切り替わることになりました。
上の写真一部拡大しました(公衆電話のかけかた)
上の一部拡大(訂正公衆電話エチケットは標語でした)
電話を借りて市外へかけた場合の料金を知る方法など
電話自動化前の遠距離通話は、交換手に相手先電話番号を伝え
電話をいったん切って(しばらく待って)つながると
呼び出しが来た記憶があります・・・
(幼い頃なので記憶が曖昧)
今どきの子供はダイヤル式電話機などめったに見る機会もなく
電話を交換手がつないでいたなどと想像もできないでしょう
逆に携帯電話は自分が子供の頃はSFの世界
半世紀以上前の電話の話でした・・・