今朝小さいパンを焼きました。
ちょっと先の街に住む知人の家に寄ろうと思っていたのです。
今年の春先に夫婦二人で遊びに来た時、長く勤めた会社をクビになり、
ご主人は少し落ち込んでいて、みんなで慰めたものでした。
奥さんは根っからの楽天家であり、ご主人のことをとても大切に考える人ですので、
避難することなく現実を受け入れて新しい人生を構築しようと提言していました。
ご主人の落ち込みがあまりに激しいのでビックリしながらも、
この奥さんがついていれば間違い無いだろうと思っていたのです。
それから半年あまり、連絡の行き違いがあり会えずにおりました。
そのうちに一度訪ねていこうと思いながらも日常の些事にかまけてそれっきりになっていたのです。
今日は彼らの家の近くの産直でどうしても欲しいものがあったので久しぶりに出かけて行ったのです。
訪ねて行った時、お家は留守でしたが、玄関も、窓も開いていたので挨拶声をかけていると、ちょうど私の真後ろに軽トラを運転して彼女がやって来るところでした。
そう言えば春にあった時、軽トラを買った話をしていたのを思い出し、
ああ、これがその軽トラか、と結構新しいじゃん、などと思ったものです。
後ろからもう一台、軽バンがついていました。
知らない男性が乗っています。
何時もなら、あら◯子さんなどと明るい声で私の名前を呼ぶのに
その時は少し緊張した声で、私今からこの男性と話をしなきゃならないの、と
言うのです。
声が何時もと違うので何があったのだろうとちょっと不思議に思いました。
一緒に玄関に入ってパンを渡すと、返す言葉で
◯◯さん、なくなったのよ、と言いました。
は?
なくなった?
亡くなったの、と静かにそう言いました。
亡くなったって、一体どうして?
信じられない気持ちで尋ねると、
自殺したの、と淋しそうな声で応えるのです。
え?まさか。。。。。
それがあまりにも予想外のことだったので、俄かには信じられませんでした。
自分の最愛の夫の自死をタンタンと人に伝える気丈な彼女の姿にもすこし驚きました。
聞けばそれは先々週の月曜日の出来事だったようです。
私たちが旅に出発した丁度その日でありました。
千葉に甚大な被害をもたらしたあの台風が過ぎた後の暑い日でした。
強烈な夏の日差しを浴びながら、彼は自分の愛した畑の作物に別れを告げ、
その隅に立っている小さな道具小屋の中で自ら命を絶ちました。
なんという事でしょう。
私はその小屋をよく覚えています。
畑はとても豊かでした。
家人などは彼を自然農のベテランとしてとても尊敬していたものです。
一目見て作物が彼に愛されていることがわかりました。
自分で育てた小麦を食べる直前に石臼で挽くのを常として、
粉にしてからひと月も経った小麦粉なんぞ食べたくは無い、と言って居りました。
勝手に一人で死んじゃえば、その贅沢な暮らしを◯ちゃんが継続できなくなるかもしれないって、
少しは考えられなかったのでしょうか?
残念です。
とても残念です。
この半年、何度も二人のことを考えました。
でも連絡が出来ませんでした。
まさかこんなことになってしまうとは、、、、、
あの人がこんな結末を選ぼうとは誰に想像出来たでしょう。
晴天の霹靂とはこんなときにも使えるのでしょうか?
私たちの無念も知らず、奥さんの悲しみもそのままに、
無情にもいってしまった◯◯さんに今は永遠のサヨウナラ。
サヨナラだけが人生だ、いつか誰かが言ったっけ。