時間がなければ、空間もないし、空間がなければ、時間もない。結局、同じものではという哲学的直観は、間違ってはいないようだ。1秒は30万キロメートルと、現代の物理学の言葉で書き表わせる。時間は距離に変換できる。
時間と空間とを完全に分けて考えることは、もはやできない。松浦壮氏の言葉より
(古典物理学の世界では、空間は、われわれの常識的なイメージと変わらず、無限に広がる箱のような静止空間だ。そして時間のイメージは、出発点もなく、無限に遠い遥かな昔から、その静止空間のすべてを均質に満たして、どの地点においても完全にシンクロし、淡々と永遠に流れ行くものであった。無限の未来に向かって流れていく現在の永遠の積み重ねが時間であった。)
時空は哲学的カテゴリーでなく、「物理的実体」である。#松浦壮 氏の言葉より
NHKは天安門事件の関係者の顔や声をモザイクなしに放映した。当人の許可は当然あったのだろうが、登場者が当局の眼を気にしているとのコメントもあった。こういうドキュメンタリーが今の時代、どの国にも筒抜けなのは明らかだ。心配ないのか。