箱根から戻った翌々日、平日にひとりで伊豆下田へ向かった。
今度は、これまで半年弱がんばった自分へのご褒美と、
吉祥寺から伊豆に移住し、自分で家を造っている友人に10年振りに会うためだ。
往路は東京駅からスーパービュー踊り子号を利用した。
おっと、乗車の前に大丸の弁当売り場でまい泉のトンカツ弁当を購入。
箱根に行くときのように多摩川を通過したら食べるつもり。
踊り子号は梅雨入り直後の平日のためかガラガラで、
私の車輌には3割程度か。
しかも乗客はみな、やがて海が見える左側に着席している。
まさか左に傾いてやしないだろうなあ。
やがて列車はスルスルと発車。
東海道線を順調に西に向かった。
横浜、大船、茅ヶ崎を過ぎ、ロマンスカーでも見慣れた小田原に到着。
もうこれからは頻繁に海が見えるはずだ。
ところが熱海を過ぎた辺りからトンネルが多くなってきた。
ううむ。
トンネル、トンネル、トンネル、遠くに海、トンネル、トンネル・・・。
ううむ、ううむ。
これでスーパービューかあ?
伊東では黒船号とかいう、左側の座席がすべて海側を向いている列車があった。
ううむ、これからは大いに見えるのかな?
しかし、また、トンネル、トンネル、遠くに海、トンネル、トンネルだ。
そしてどこだか忘れたが、たった3分ほど、海から30メートルぐらいの場所を通る箇所があり、
そこからは晴れて視界が良ければ、伊豆七島のいくつかの島が見えるというアナウンスがあった。
ううむ。
これがスーパービューの正体だったかあ。
それからは二度と海が見えることはなく伊豆急下田に到着した。
下田駅には迎えの友人が待っていてくれ、10年振りの再会を喜ぶ間もなく友人宅へ。
友人宅は下田から30分以上離れた山の中に住んでおり、
わざわざ遠回りをして海岸沿いを走ってくれた。
その海岸沿いは険しい山道だったが、さまざまな花が咲き乱れる絶景だらけの道だった。
今度は、これまで半年弱がんばった自分へのご褒美と、
吉祥寺から伊豆に移住し、自分で家を造っている友人に10年振りに会うためだ。
往路は東京駅からスーパービュー踊り子号を利用した。
おっと、乗車の前に大丸の弁当売り場でまい泉のトンカツ弁当を購入。
箱根に行くときのように多摩川を通過したら食べるつもり。
踊り子号は梅雨入り直後の平日のためかガラガラで、
私の車輌には3割程度か。
しかも乗客はみな、やがて海が見える左側に着席している。
まさか左に傾いてやしないだろうなあ。
やがて列車はスルスルと発車。
東海道線を順調に西に向かった。
横浜、大船、茅ヶ崎を過ぎ、ロマンスカーでも見慣れた小田原に到着。
もうこれからは頻繁に海が見えるはずだ。
ところが熱海を過ぎた辺りからトンネルが多くなってきた。
ううむ。
トンネル、トンネル、トンネル、遠くに海、トンネル、トンネル・・・。
ううむ、ううむ。
これでスーパービューかあ?
伊東では黒船号とかいう、左側の座席がすべて海側を向いている列車があった。
ううむ、これからは大いに見えるのかな?
しかし、また、トンネル、トンネル、遠くに海、トンネル、トンネルだ。
そしてどこだか忘れたが、たった3分ほど、海から30メートルぐらいの場所を通る箇所があり、
そこからは晴れて視界が良ければ、伊豆七島のいくつかの島が見えるというアナウンスがあった。
ううむ。
これがスーパービューの正体だったかあ。
それからは二度と海が見えることはなく伊豆急下田に到着した。
下田駅には迎えの友人が待っていてくれ、10年振りの再会を喜ぶ間もなく友人宅へ。
友人宅は下田から30分以上離れた山の中に住んでおり、
わざわざ遠回りをして海岸沿いを走ってくれた。
その海岸沿いは険しい山道だったが、さまざまな花が咲き乱れる絶景だらけの道だった。
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