VOL2 わ・た・し流

おとぼけな私ですが 好きな本のことや 日常のなにげない事等 また 日々感じたことも書いていきます。

桃花徒然 その85

2023-01-10 14:38:37 | 永遠の桃花

枕上書 番外編より

 

鳳九は 従者から現在の戦況を聞き、この様子では

いつになったら帝君と会えるのだろう・・・と

思い始めていた。

ところが、その七日後に 帝君の命を受け 二人の神将

が鳳九を迎えに来た。そうして、鳳九を帝君のもとに

案内していった。

戦場なのだから、さぞや緊迫した状況にあるだろうと

鳳九は想像したが、思いがけず  設営には穏やかな

雰囲気が流れ、中央辺りのテントには 沢山の提灯が

下げられていてとても 明るかった。

訪ねてみると、今日は  ある将軍の結婚式があるという。

鳳九はびっくりして「戦場でも結婚式をあげられるの?」

と 思わず聞いてしまった。

従者は鳳九の問いに かえって驚いて「小白姫の時代には

戦場で結婚式を挙げてはならないのですか?そんなに

厳しい掟が出来ていると?」「ハ荒では  一旦戦争が

起きて  膠着状態になると  数百年以上かかる事も

しょっちゅうで、下手すると数千年もかかるのです。

その間  やる事もないのに神将たちが結婚式を挙げられ

ないとなったら 酷な事ではないですか?」と言った。

 

鳳九のいる時代、大きな戦争はなく、鳳九の知識では

学塾でおそわった  布陣が、とか誰が指揮をしたとか

いわゆる戦況位のもの。兵士たちが暇な時どうして

いたのか  福利厚生など  知る由もない。

鳳九は自身の無知に恥ずかしくなった・・・

自嘲ぎみに微笑んで「私の見聞が乏しい為に

驚いただけの事です」と答えた。

二人がそんな会話をしていると、帝君が

こちらに向かって歩いてくるのを 従者が気付いた。

気をきかせて 従者は下がって行った。その際、鳳九に

目配せまでして。

 

従者の目配せを受け  鳳九は顔を上げて

こちらへ向かって来る帝君を見た。

ゆったりと流れる大河の水面には 寒さのため

うっすらと川霧が立ちのぼっている。

天空の月がほのかに水面に影を落としている。

月明かりと 立ち昇る川霧の中  薄紫色の衣を

まとった銀髪の神尊が  こちらへ向かって

歩いてくる  その姿・・・まるで夢を見ているよう

背後の陣営には 焚き火が勢い良く燃え、焚き火を

囲む兵士たちが  楽しそうに歌い踊る。輪の真ん中

にいるのは 赤い衣を纏った花婿と花嫁に違いない。

 

銀髪の青年が近づくに連れ、陣営の喧噪は遠くに

感じられた。鳳九が今 感じるのは 高鳴る自分の

胸の鼓動だけ・・・

帝君と一緒にいるようになって もうそれなりに

年月を経ているにもかかわらず  彼の姿を一目

見るだけで、もう胸に小鹿が飛び跳ねる。

そうして、彼に初めて会った時の胸のときめきが

鮮やかに蘇るのだ。

彼を追いかけて  追いかけて数千年 本当に苦しかった。

それでも諦めきれなかったのは  このときめきのせい

かもしれない  と 鳳九は改めて思う・・・

鳳九は帝君を待ちきれなかった。三秒ももたなかった。

女性のプライドを示すなら 帝君が自分のもとに

たどり着く迄  待つべきと頭ではわかっても

(もう  限界!)鳳九は帝君めがけて走りだした。

帝君の胸に飛び込み、腕を首に巻きつけると

キラキラした瞳で見つめて 少し恨めし気に 言う

「貴方の足は  どうしてこんなに遅いの?」

青年は  鳳九を見おろすと

「貴女は?どうしてこんなに抱きつくのが好きなの

かな?」

鳳九は目を細めて「貴方に  良い思いをさせている

んだもの。嬉しいでしょう?」

帝「私が良い思いをしているのか それとも貴女が

良い思いをしているのか  ?どっち?」

鳳九は答えに困った・・・う~~ん・・・

この帝君は  まだ自分の夫ではないわ・・・

でも結局は自分の夫になるんだもの、ちょっと

良い思いを前借りするだけよ。彼が突き放さない

限りはね🤗

そうして、彼をちょっと睨んで

「分かった。私の方が 良い思いをしているわ」

ペロっと舌を出して「でも やめないわ」

身体全体を彼にくっつけて更に 鼻を鳴らす。

「ふん、やめないよ」

帝君は 自分に全体重を預けてきた鳳九が倒れない

ように  しっかり支えている。

 

そこに見回りの兵士が二人やってきて  うっかり

帝座と帝后の様子を見てしまう。兵士たちは

大慌てで後ずさり、急ぎ去って行ったが 好奇心

は抑えられず  振り返って帝君と鳳九を見た。

鳳九は 思いっきり恥ずかしくなった・・・

「ここは どうしてこんなに 人の行き来が多いの?

人のいないところに行きましょうよ」

そう言うと 河辺の葦原に向かった。

丁度  大きな石があったので   二人はそこにすわる。

鳳九は 帝君に身を寄せ  彼の腕を取るとキラキラ

した瞳で問う

「半年以上 私を寄せなかったのにどうして今回は

呼んだの?」

「少し前までは 危険だったので呼ばなかったのだ。

今は少し落ち着いたし 結婚式もあるから 貴女が

こういう雰囲気を気に入るかと思ったのだよ」

鳳九「ああ、そういうことだったのね」

鳳九は遠く 焚き火を囲む群衆を見た。

「うん、好きだよ・・・」

しかし、帝君は  鳳九のちょっとした憂いに気付く。

「どうかした?」

「・・・うん、ただ・・・戦場にあってもこんな風に

結婚できていいなぁって。二人で天地に誓って

皆から共に祝福を受けて 本当に羨ましいなって・・」

帝「なぜ 羨む?・・・まさか、私たちの婚礼は  彼ら

ほど盛大ではなかった  と?」

鳳九「いえ、とても盛大だったわ。碧海蒼霊はとても

美しく飾り立てられ、神族のほとんどが出席したわ。

ただ・・・」彼女は唇を噛む

「結婚式のその日に、帝君が  来なかったの」

 

驚きのあまり  帝君は固まった。「なぜ?」

鳳九「貴方が悪いわけではないのよ!」怒りが

湧いてきた。「貴方は  人助けに行ったの。そして、

その件を済ませて 急ぎ帰るつもりだったけど、

その時、この世の一大事に遭遇してしまったの。

その対処のせいで  結婚式に間に合わなかった。

私は 貴方を待ち続けた・・・貴方は戻って来なくて

・・・」

「私の花嫁衣装は とても素敵だったの・・この奇麗な

衣装を着たかった・・・でも着ることはなかった・・

でも  貴方のせいではないわ。運命のいたずらとしか

言いようのない事だったのよ」

帝君はながらく言葉を発しなかった。

ようやく「その後、私はその埋め合わせをしなかった

のか?」と言った。

鳳九「貴方は  埋め合わせをしようと言ったわ。でも

貴方の従者、重りんは全て完璧に手配してくれた。

女媧の婚儀名簿への記載は済んでいたから結婚した

事にはなっているし」

「婚儀に問題はあっても、八荒の神仙たちは私たちが

結婚したという事はわかっているのだから、改めて

お式を挙げる事もないと思って  断ったのよ」

彼は彼女の目を見つめて言う「それは本心からか?」

鳳九「うん」「確かに」・・・悶々と  唇を噛む

「だって 本当に おかしな事だから、やっぱり式は

いらない」

そして  帝君の腕を掴む力を強めて「帝君と一緒に

いられるだけで 私は本当に満足なの。だから、婚儀

が完璧でなかったとしても気に止めないわ」

 

美しく 聡明で ちょっと天然で・・しかし、人の

愛を勝ちとるだけの力量を持ち合わせている。

彼の人生にあって、とってもとっても遅くなって

 ようやく出会う事が出来る。

彼と手を携えて生きていく事のできる女性。そういう

思いが沸き上がり  心が震えた。思わず手を上げて

鳳九の額に触れて見る。

そうして二人は沢山おしゃべりをした。

やがて 彼女は 少し疲れたよう。小さなあくびをすると

安心しきった鼻声で甘えたように言う

「帝君  少し眠くなった・・」

彼は再び 彼女の額に軽くふれる。「それなら 私の膝の上

で  少し寝ると良い」

 

鳳九は半分目を開けると  座り直して言った。

「貴方の膝の上で?」

「帝君・・・今日の貴方は  どうしてこんなに優しいの?」

 

帝「・・・」今日の貴方は優しい・・?って?

私はいつだって 貴女には優しいはず・・・

碧海蒼霊に貴女が来た時だって 追い出したりせず

一緒のベッドで寝させたし、寝相の悪い彼女を

突き放したりもせず許容した。貴女は気遣う事も

しない子狐だから  目覚めた時には覚えていない

のだろう・・・

 

帝君は鳳九を抱き寄せ  胸に抱くと  法術で布団を

だした。そうして 彼女を優しく包み込んで

軽く瞼に指を触れる。

「こうすれば  寝心地も良くなるでしょう?」

彼女のまつ毛が  手にふれて 軽くうなづいたよう。

ため息をつく。

「それなら  もう寝なさい」

すると、鳳九は布団の中から手を伸ばして 帝君の

袖を掴み「貴方はずっと  いてくれるの?」と小さな

声で言った。

彼は俯いて彼女を見、手を握り返すと 自分の唇に

寄せて言う。「うん、ずっといる」

 

銀色の月の光が照らし出す洪荒は孤独である。

それでも 情が通い合う二人なら 例え 天地の隔てが

あったとしても 心を通わせる事ができるのだ・・・