興福寺を含む奈良公園を、あちこちに屯する鹿を見ながら、東へ春日大社の方へ歩きます。
大きな樹木の生い茂る木陰には、今年生まれた小鹿が落ち葉の上に座っている。傍に寄っても逃げようともしません。
公園のはずれに来ると鷺池が見えてきた。浮見堂が見えてきた。このような池の中の建物は風通しが良くて気持がいい。
貸しボートもある鷺池である。
さらに5分ほど行くと、不思議な建造物がある。奈良盆地が一望できる高さに、エジプトの階段ピラミッドのような塚である。
藤原鎌足の孫4人兄弟が都で権勢を振るっていましたが、ある時、急に病で一挙に亡くなリました。その後に橘諸兄(もろえ)や吉備真備(まきび)が権勢を振るいました。
4人の兄弟の息子であった藤原広継は九州へ左遷されました。
彼は藤原氏再興のために九州で反乱を興しました。それに破れ、広継は名馬に乗って九州の海に入水しました。
ところが、その後広継の亡霊が現れました。
興福寺の僧の玄肪(げんぼう=肪は日扁に方)が九州で亡霊を供養する祈りをしたところ、やがて、霊が苦しげに現れ、玄肪の首を雲の上に飛ばしてしまいました。
数日後、興福寺の境内にシャレコウベが空から落ちてきました。それには玄肪の頭と書いてありました。
東大寺の時の管主良弁(ろうべん)は、彼を悼んで、ここに頭墓を建てたと言います。(平家物語による)
それが今の頭塔だそうです。
発掘整備され、平成12年に完了し、公開されています。
7段になった塔の奇数段に、石仏が配置され、現在28基があり、そのうちの21基が国の重要文化財に指定されています。
左:石仏の如来三尊
右:塔の南半分は復元がされていなくて、板で囲っています。
大和盆地の家の庭(複数)には、こんな樹木がありました。ヒメサクランボと言うと聞きました。
大きな樹木の生い茂る木陰には、今年生まれた小鹿が落ち葉の上に座っている。傍に寄っても逃げようともしません。
公園のはずれに来ると鷺池が見えてきた。浮見堂が見えてきた。このような池の中の建物は風通しが良くて気持がいい。
貸しボートもある鷺池である。
さらに5分ほど行くと、不思議な建造物がある。奈良盆地が一望できる高さに、エジプトの階段ピラミッドのような塚である。
藤原鎌足の孫4人兄弟が都で権勢を振るっていましたが、ある時、急に病で一挙に亡くなリました。その後に橘諸兄(もろえ)や吉備真備(まきび)が権勢を振るいました。
4人の兄弟の息子であった藤原広継は九州へ左遷されました。
彼は藤原氏再興のために九州で反乱を興しました。それに破れ、広継は名馬に乗って九州の海に入水しました。
ところが、その後広継の亡霊が現れました。
興福寺の僧の玄肪(げんぼう=肪は日扁に方)が九州で亡霊を供養する祈りをしたところ、やがて、霊が苦しげに現れ、玄肪の首を雲の上に飛ばしてしまいました。
数日後、興福寺の境内にシャレコウベが空から落ちてきました。それには玄肪の頭と書いてありました。
東大寺の時の管主良弁(ろうべん)は、彼を悼んで、ここに頭墓を建てたと言います。(平家物語による)
それが今の頭塔だそうです。
発掘整備され、平成12年に完了し、公開されています。
7段になった塔の奇数段に、石仏が配置され、現在28基があり、そのうちの21基が国の重要文化財に指定されています。
左:石仏の如来三尊
右:塔の南半分は復元がされていなくて、板で囲っています。
大和盆地の家の庭(複数)には、こんな樹木がありました。ヒメサクランボと言うと聞きました。