みなさん こんにちは
小説「生野アリラン」の著者金吉浩さんと、玉利修さんと私の三人で、4月14日、生野平野川・万才橋たもと韓国料理京愛館で一献を傾けました。冒頭写真、ジャガイモ鍋の向こうが吉浩さんです。
お二人とも3月初めに生野で開いた「没後10年 高仁鳳の軌跡~ソウルと大阪の狭間で~」の実行委員です。高さんが10年前にお亡くなりになられた後、高さんゆかりのこの3人と新井明夫さん、金キョンチョルさん、横山英治さん、高橋礼子さんを加えた7人で、亡くなられてすぐ、1年目、2年目と3回にわたって高さんの偲ぶ会を開催しました。しかしながらずっと実行委員長を務めていた新井さん、キョンチョルさん、横山さんのお三人がお亡くなりになり、高橋さんも今は遠く離れた四国にお住まい。今回の集会は3人を含め新たなメンバーで実行委員会を立ち上げて開催しました。
この日は吉浩さんの呼びかけで3人で一献。韓国・済州島生まれの吉浩さんから初めて渡日の経緯、その理由をお聴きしました。
船乗りをしていた叔父さんが旧日本海軍に接収された貨物船に乗船。米軍の機雷に触れて沈没し、命を落としたことから、靖国神社に合祀されます。その合祀に納得がいかず、除いてもらおうと、日本にやってきました。
吉浩さんは、南北分断国家樹立に反対する民衆蜂起で、3万人以上の住民が犠牲となった済州4.3事件後に生まれています。その事件では周りの人たちが多数犠牲になっています。日本に渡ってきてからも重く吉浩さんの胸の中に4.3は残っています。その思いを綴った詩「ビソン」が、京愛館に飾られていました。


「ビソン」、「両手を合わせて拝む、祈る」という意味です。4.3事件で家族を失い日本に逃げてきて、さらに民族が、家族が分断された悲しみ、憎しみ、哀れみ。その様々な感情を故郷済州島にはせた時、その島こそが歴史の大海の中に翻弄されて泣きたくなるほど小さく浮いている。その島、そこに生きた者たちに祈りをささげる。
その4.3事件、南北の分断に無垢ではいられない日本に生まれた私に、この詩は突き刺さってきます。とても失礼な言いぶりですが、吉浩さんのこんなお話に接せられる「生野」に生まれてよかった。
そのあと、町工場をバーにした猪飼野の隠れ家・町工バー「ソケット」に寄りました。

それにしても、いろんな野菜や骨付きの豚肉がいっぱいのジャガイモ鍋がとってもおいしかった京愛館はこちらをご覧ください。
ソケットはこちらをご覧ください。
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