詩を書く夫と絵を描く妻、二人で一冊を編んでいる珍しい作品集だ。
Ⅱでは、秋田県羽後町生まれの若子氏が描く西馬音内盆踊りの、妖艶な踊り手の姿と記憶が重なる絵。抒情溢れる世界に創り上げている英世氏の言葉による描写。それぞれが重なっているようでもあり、それぞれがそれぞれに位置している独立した世界でもある。
5部構成39編。次の作品はⅢに収められているもの。
「茜屋珈琲店」
硝子を十の字に仕切ったドアから/何とはなしに 歩く人を見ている/時はゆっく
りと過ぎているのに/この昼下がり/急ぎ足で通る 人 人/その姿が少し歪んで
見えるのはなぜだろう(略)//
時代は饒舌な足音を残し 消えてゆく/時代は寡黙のまま どこへ走り去ったか/
青い空に雲ひとつ/斜めによぎる鳥/漂流する難破船/時代はどこへ走り去ったか
//人には/ときに暗さが必要だ/それは何億年も前から細胞に組み込まれたも
の/見たまえ/マスターの黒い服は/落ち着いた色調の店内に溶けこんでいるだ
ろう/暗闇のなかから目を光らせて時代を読み解く/(以下略)
秋田駅前にある珈琲店。英世氏が書いている「茜屋珈琲店」は現在地へ移転する前の情景なのかは分からないが、こんなに身近な情景を舞台にすることが出来るというのはうらやましい。詩を書く一人として、この「茜屋珈琲店」に身を置いて社会を時代を自分を私は書ける(描ける)のだろうか。ふと、そう思った。この作品に潜んでいる奥行きのある思惟を出す作業は、私には無理かもしれない。
”言葉を使うことができる人”がまた一人その形を現した。喜ばしい。
発行日 2016年5月9日
発行所 書肆えん
定 価 2,500円+税
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