月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

水底の涙

2007年04月26日 | コトー先生

コトー先生は志木那島の人気者。いわばアイドルスター。
しかしそんじょそこらの、「歌って踊れるアイドルスター!」とは違くってよ、フフフン。
なんてったってコトー先生は、「ボケってもオペれる新星アイドル!」なのだ。

彼のファンは島民だけに止まらず、なんと最北の果てのなんちゃらの島(←覚えてないんかい)
にも熱狂的なファンを持っているのだよん。
そのファンの熱狂振りはすごくてですね、彼が最終回でコトー先生と
診療所の屋上で会話を交わすシーンなんてですね、そりゃ~まるで、
大好きな先輩を校舎の屋上に呼び出してバレンタインのチョコを渡そうと
モジモジしちゃってる女子中学生みたいやったよ、三上くんっ。

この「コトー&五島祭り」な最終回については、
別ものとして書きたいので、ここでは割愛させていただきまする。

今日はですね、コトー先生の涙について書こうと思いますです。(一体何の前ぶれだったのか・・・)

コトー先生の涙はですね、とても美しいであります。
文字通りの真珠の涙が、ぽとぽとぽとぽとと、
その白い頬を伝って流れ落ちるのですね。
その姿はたいそう美しく、思わずじーーーーっと見つめてしまうという、
まさに大正うららな乙女泣き。

私なんて、もしあんなに涙を流しちまったら、その顔はたちまち、
レコード大勝を受賞して涙に歌う研なおこみたいになってしまうこと
請け合いであります。

その昔、一斉を風靡したアイドル・松田の聖子ちゃんですら、
涙を流す場面では、「おかぁ~さ~ん」と叫んで
泣き顔になったままのドライアイだったのに、
コトー先生は、あくまでも無言実行型の乙女泣き。
ある意味とても男らしい。

そういえば、富良野在住の蛍ちゃんも、たいそう綺麗に泣いておった。
大粒の真珠の涙が、はらはらはらはら~とその頬を流れておったの~。
その姿はまるで竹久夢二の描いた絵画の世界のようじゃった。

ふ~む、そうするとこういう種類の泣き方は、
「道産子大正乙女泣き」というものなのだろうか?

しかしコトー先生は道産子ではないのであった。
たぶん富山っ子だっ!(←執拗に押す自説・・・)

このコトー先生泣きでありますが、これは吉岡くんが以前披露していた
泣き方とは全く違うでありますですね。

純くんは、草太兄ちゃんのお通夜での泣き方を除けば、
「もういいんだよ~。そんなに泣かないで、ね? ほら鼻かんで。 」
とティッシュを箱ごと渡したくなるようなチリ紙泣きだった。
そしてその涙は、日本海の荒波に漂流する難破船系。

満男くんは、基本的にはチリ紙泣きだけれど、
その涙は純君のとはだいぶ趣が違って、それはいってみれば
「太平洋側沿岸に雷雨発生、ところによりバナナ。」な温暖気候系。

他にも、とっくの昔に特許認定されたと思われる、
「はだけまくって一矢泣き」というのもあったりします。


そうだ、もう一種類コトー先生には、必殺涙があったのでありました。
それは、「ウルウル卵焼きふぇすてぃばる」。

これは、コトー先生が、玉子焼きという言葉だけで
ウルウルしてしまうという、必殺昌代技に基づくものであります。

これはですね~、違反じゃよ、君。

卵焼きを目の前にして、うっすらウルウル。
玉子焼きを一口頬張って、ウルウル加速。
それをゴックンして、ウルウル最高潮。
極めつけの昌代さんの殺し文句で、ウルウル限界。
泣くのか、いや泣かないぞっ、ひ、ひっこんだよ~、涙っ!
しかしウルウルステイトメント持続。乙女度アップ。

なんていうことだ、吉岡くんよ。
君は、ウルウル遠隔射撃の名人だ。


しかし何故にあんなに綺麗に泣けるのだろうか、ヒデタカくんよ。
こんな乙女な泣き方が出来る殿方は、ツチノコと遭遇するくらい
稀有なことだと思うぞな。

まるで「乙女泣き事業本部・本部長」みたいだよ。
うらやましいじゃないか~。


けれども、はだけ泣きにしろ、乙女泣きにしろ、チリ紙泣きにしろ、
吉岡くんが場面の中で泣いてしまうと、
ほんっとに見ているこっちまで、
その悲しみで苦しくなってしまうであります。

純君が、草太兄ちゃんのお通夜の席で、
茫然自失になって涙を零すシーンを見た時は、
それがあまりにも衝撃的すぎて、その夜眠れなかったでごわす。

以前にも書いたことだけれど、
彼は決して「状況」に上乗せする演技はしないわけで。

ドラマは虚構であるから、即ちその全ては所詮まやかしである、
なんて究極論を唱える人もいるかもしれないけれど、
しかし彼が役を演じるにあたって、その心を削るようにして吐き出す感情は、
正真正銘の彼の心の波動であり、それは確かな真実性をもって
作品の中に存在するものなのだと思う。
だからこそ、これ程までに彼の演技が沢山の人の気持ちに深く響くのだろうと。

彼が作品の中で泣くとき、それを見る者は、
彼のもつその悲しみに触れて、そして彼と一緒に涙を流すのだと思う。

ヒデタカくん、
君の存在はね、人の心に深く棲んでしまう地底人の要素も持っているのだよ。

はぁ~、どうしたらええじゃ、この気持ち・・。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« モルツくんのお引越し | トップ | 三丁目の茶川さん »

コメントを投稿

コトー先生」カテゴリの最新記事