戸田智弘さんという方が世界の寓話を紹介してくれた。
一頭のカバが川を渡っているときに自分の片方の目をなくした。
本当にそんなことが起きるかどうかはさておいて、カバは必死になって目を探した。
前を見たり、後ろを見たり、右側を見たり左側を見たりしたが、目はみつからない。
川岸に居る鳥や動物たちが、少し休んだ方がいいと助言した。
しかし、カバは永遠に目を失ってしまうのを恐れ、休むことなく一心不乱に目を探し続けた。
それでもやはり目は見つからず、とうとうカバは疲れ果てて、その場に座り込んでしまった。
カバが動き回るのをやめると、川は静寂をとり戻した。
すると、カバがかき回していた水は、泥が沈み、そこまで透き通って見えるようになった。
こうして、カバはなくしてしまった自分の目を見つけることができた。
◆心の中の舞い上がった泥を沈めてみよう
コップの中の泥水をしばらく放置しておくと、やがて泥は沈み、水と泥とに分かれる。
この現象はしばしば座禅にたとえられる。
茶色の泥水の状態は、忙しさの中でもがいている日常である。
心を静かに保つことで、心の中の舞い上がった泥を沈めてみよう。
座禅を組むところまでいかなくともよい。
我々は、毎日の生活の中で心を静かにする時間をいくらでも見つけることができるはずだ。
駅のホームで電車を待つ時間、食事が運ばれてくる待ち時間、エレベーターを待つ時間・・・
こういった時間を大切にして、心を休めるべきなようです。
こんな大事な時間にスマホをいじっていてはいけないのです。
一頭のカバが川を渡っているときに自分の片方の目をなくした。
本当にそんなことが起きるかどうかはさておいて、カバは必死になって目を探した。
前を見たり、後ろを見たり、右側を見たり左側を見たりしたが、目はみつからない。
川岸に居る鳥や動物たちが、少し休んだ方がいいと助言した。
しかし、カバは永遠に目を失ってしまうのを恐れ、休むことなく一心不乱に目を探し続けた。
それでもやはり目は見つからず、とうとうカバは疲れ果てて、その場に座り込んでしまった。
カバが動き回るのをやめると、川は静寂をとり戻した。
すると、カバがかき回していた水は、泥が沈み、そこまで透き通って見えるようになった。
こうして、カバはなくしてしまった自分の目を見つけることができた。
◆心の中の舞い上がった泥を沈めてみよう
コップの中の泥水をしばらく放置しておくと、やがて泥は沈み、水と泥とに分かれる。
この現象はしばしば座禅にたとえられる。
茶色の泥水の状態は、忙しさの中でもがいている日常である。
心を静かに保つことで、心の中の舞い上がった泥を沈めてみよう。
座禅を組むところまでいかなくともよい。
我々は、毎日の生活の中で心を静かにする時間をいくらでも見つけることができるはずだ。
駅のホームで電車を待つ時間、食事が運ばれてくる待ち時間、エレベーターを待つ時間・・・
こういった時間を大切にして、心を休めるべきなようです。
こんな大事な時間にスマホをいじっていてはいけないのです。