先日 ぼーっとテレビを見てたら セカオワが出てた。歌番組では無いし もともと好きじゃないので ただついてただけだが。で 何か・・っつーと 中国地方の山間部に動物保護団体のまあ保健所から引き取ってきた犬を里親に・・ていう施設があるのだが そこに行って バンドの構成は知らないのでリーダーらしきのが ぼくらに出来ることをしたい・・と殺処分動物ゼロの活動をしてるそうな。で わんちゃんが~とか言い出すのであまりにも偽善に満ちた態度なのでむかっときた。今の音楽やってる連中ってそんなに小さいのかよ?はぁ?という感じ。保健所の犬猫だけ?うちらの時代は体制に反抗するのが音楽だったわけで フォークもロックも常に政治や反体制と共にあった。ビートルでさえ情緒的 ストーンズは商業的・・と叩かれたくらいなのだが。反戦は日常のスローガンだったし それでこそ連帯できる共鳴できる音楽だったわけだが。時代が違うだろ?と言われたらそれまでなんだが セカオワちょろっと聴いてみたが まああきれるほど軟弱である。フジロックで言われてたのだが 音楽と友情以外は歌っちゃいけない時代なのか? 結局犬と猫だけなので IWCともグリーンピースとも喧嘩しないし 反体制でもないので体制とも喧嘩しない。天皇制を批判しないので 当然右翼とも喧嘩しないので 毒にも薬にもならない商業音楽なのだと思うが・・まああたしが嫌いなんで それだけの話なんだけど こいつら10年後に誰の記憶に残ってんだろうな?と思ったりする。IWCと言えば ニホンウナギがワシントン条約のテーブルに乗るようである。欧米人は鯨も食べないし(アメリカの捕鯨は油を取るだけで後は捨ててたのにだ) かば焼きを常食としないので 簡単に規制しようとする。日本は文化を守る意味でもIWCを脱退するべきだと思うし スカンジナビアを見習うべきであろう。まあ更に言えば第二次大戦の戦勝国だけで構成された国連の常任理事国へ日本が選出されないのは疑問だと思うし にもかかわらず国連の分担金がアメリカに次いで2位ってのも納得できない。常任理事国に入れないのなら分担金を減らせと主張するべきだし 出来ないのであれば脱退しても(におわせるのは北朝鮮のお家芸だがw)いいのではと思う。ああ 戻るが 本当に動物愛護なら印税つぎ込んで 山奥に土地買ってみんな引き受ければいいじゃないか?と思うのである。さも 動物愛護に力入れてます。命を救うことがぼくらに出来ることです・・みたいな物言いで営業しないで欲しいものだ。発言そのものが商業的であり偽善に満ちてる。まあ犬猫救うのは勝手だが 沖縄や東北よりも犬猫が大事つーならそれでもいいが なんか最近の音楽ってマスターベーションみたいでつまんねーな・・と思ったりする。まだマクロスみたいに 歌は力 歌は兵器って言ってるほうが可愛げがするのだが
7月ぐらいからめちゃくちゃ京都に行きたかったのだが体がついてこない。でその代わりというか森見登美彦氏の気に入った作品を買いあさってた。有頂天家族 夜は短し歩めよ乙女 四畳半神話体系 四畳半王国見聞録 宵山万華鏡 聖なる怠け者の冒険 きつねのはなし 恋文の技術・・と程度がよければ買うを繰り返して それぞれ4冊づつくらいある。同じ本それだけ買ってどうすんだ?と笑われるだろうが 買わずにはいられない。おまけに図書館でも借りて読んでる。嵐のような2ヶ月が終わって 何度読んだことだろうか・・最後に有頂天家族 二代目の帰朝を読んで なんとなく終わった。とりあえず なんとなく満足したのである。あれだけ好きな京都の生活なのだが もう帰っても居場所が無いのだな・・とぼんやり思う。森見氏の話はみんな京大の貧乏学生が主人公なので あの時代に学生してたから理解できる話なのであって いい歳して今更京都に帰ってももうあの空気は味わえないのだな・・と。まあ別の原住民の楽しみはあるのだろうが あたしが焦がれていたあの空気は もう甘い記憶でしかないのだな もう2度と味わえない もうこのまま死ぬのだな・・とぼんやり思ったりする。実家にも帰らないといけないのだが名古屋の近くなのであまり意味がないし 知らない土地なんで思い入れはない。来年は友人が青森に誘ってくれてるので行きたいな・・と思うが それまで生きてられんだろうか?と正直怖い。死ぬ事は怖くないのだが 死ぬかもしれないと思うのが怖い。できれば京都に戻りたいが たぶん東京と京都とどっかの田舎を行ったりきたりして終わるのだろうな・・とまたぼんやり思う。京都のどこでもいいから合同葬のできる墓地を探さないと・・帰れなくても最後は京都で眠りたいものである。祇園祭の駒方提灯のように頼りなく祇園囃子のように切ない。夏が終わった。どこを探しても秋である。
今度はメンタルの調子がどん底。もう9ヶ月抗欝剤飲んでないので すさまじく調子が悪い。降圧剤と相性が悪いので動悸がすごいのである。 友人もなんか もうあか~んみたいな調子でダウンしてるし あたしもこのままでは完全に潰れる。どうしたもんだろうか・・困った。
出てるのだが 週刊新潮の連載コラムで順天堂の心臓血管外科教授で病院長の天野篤氏が書いてるのだが 自分が心臓で死にかけてるので 凄まじく納得することが多い。手術する・・って 術後も含めての話・・とのたまうのだが全くその通りである。あたしの場合も普通だと人工血管1本で終わるみたいなのだが オペ中にあたしの主治医が強硬に2本を主張して結局彼のおかげで9ヶ月生きてる。まあ心臓血管外科医なんて 祝日に緊急呼び出しされて11時間の手術なんて メンタル強くなきゃやれないし 勤務医だからそんなに高給でもないだろうし 余程の信念がなけりゃできないだろうなぁ・・と思う。先出の天野氏にしても まあ新潮のコラムだから・・というわけでは無いだろうが わかりやすくロジカルなんで ああこの分野はボンクラじゃ勤まらんのだろうな・・と素直に納得するのだ。まあ心臓だの大動脈だのクリティカルな部分の手術なので下手な人にはやって欲しくない。あたしの主治医のS氏は 11時間かかったんですか・と訊いたら 11時間お裁縫しましたよーと笑ってたので 彼は人としてもすごいし技術もすごいと思う。まあ週刊現代みてると 命に関わる藪医者がごろごろ出てくるので 関東の心臓血管外科なら徳洲会西東京病院をイチオシである。次が順天堂だな。命預けるんだから 信頼できるドクターでないとねぇ。間違えました・・では済みません。ちなみに病棟が4階のナースステーションの側・・というのも笑えるが生きてますよw余談だが 徳洲会の看護師さんは美人ばかりでいい人ばかりなのである。どうすりゃあんなに美人で志の高い人ばかり集められるのか 不思議だったりする。
ハチはなぜ大量死したのか・・を読み終えたのだが とっかかりはミツバチのCCD蜂群崩壊症候群なのだが 本書のいわんとしているところは 自然の復元力をいかに維持するか 経済の一部として組み込まれた商業的工業的農業の危険とか種の多様性が我々にどうかかわっているか・・なーんて生物環境の循環について書かれた本だったりするわけだが。環境保護に熱心な人は往々にしてドラマチックな事例を鬼の首でも取ったように振り回して大声で叫ぶのだが 本書はミツバチという誰もが天然であろうと思われる事象から 工業的農業に切り込んでいき最後は種の多様性で締めくくるという素敵な構造になってる。それも大声をあげない。静かに話す。ただ興味がある人にはいいかも知れないが 非常に読みにくいのは事実である。先にも書いたが あたしは環境保護の意識が高いわけではない普通の野遊びが好きな一個人だ。 山の中で焚き火して星空仰いで風に吹かれてると 体感的に納得できるのである。これ以上何がいるんだろうか・・と。まあ そういう阿呆が読んでも面白かったので 本書は良書である。個人的に一読をお奨めしたい。
ちらっと補足だが さっきチャットで友人に会ったら 高校時代に沈黙の春は読んでるらしい。 どーりで切れるわけだわ。 普通JKがレイチェル・カーソンなんか読まないんだが。ばかにしてたでしょ?というので 俗物だと思ってた・・と言ったら笑われたw
ちらっと補足だが さっきチャットで友人に会ったら 高校時代に沈黙の春は読んでるらしい。 どーりで切れるわけだわ。 普通JKがレイチェル・カーソンなんか読まないんだが。ばかにしてたでしょ?というので 俗物だと思ってた・・と言ったら笑われたw