いのししが遺跡発掘?
妙見堂(滋賀県野洲市)
三上山の麓、建立はいつかな
猪がきっかけを作ってくれました
三上山(近江富士)432m 滋賀県野洲市
この山に運動を兼ねて日課として登り始めてもう10年。 間もなく
概算ながら登山回数1000回を数えます。ところが同じ山に毎日
のように登っても飽きないのは登山を愛する人の共通点ではない
でしょうか。
そこで知り合った友との山談義、情報交換等々と。 私も幾つもの
楽しみを持って登山の日々です。で、実はこんな事もありました。
三上山 (近江湖南アルプスより撮影)
建立は元号「文化」、江戸後期 1800年代でした
過日、猪にこんな機会を貰いました。 忘れていまして
この妙見堂いつ建立されたんやろう、一度調べないと、と・・。
しかしそのまま忘れておりました。この山の住人いのししが教
えてくれました。
石段の側石が土の中から現れました
その石には「文化十年」(1813年です)の文字が(個人名は念のためにボカシで)
妙見堂に辿る石段 登山で通ります
普段は草木に、そして、確か(ですが・・)側石もその殆どが土に埋まっ
ていたと思います。今回だけでなく毎年こうやって掘り起こして食べ
物をあさっております。たまには肉を(ミミズや幼虫)食いたのでしょう
が、しかしその力って重機なみですよ!!
この通りです・・・・・
比較: 2013年撮影の石段
妙見堂跡 三上山の麓
三上山、その周辺にはこの看板が
猪の功罪は、今回の日記ではロマンとして、目をつぶって頂ければ
幸いです(ブログ監理者:Kenny)
そうか、そう言えば
灯籠や石碑に有るはあるは、刻みこまれた元号、「文化」の文字。
上下はお堂跡です 文化二年(1805年です)
上下 水屋 文化四年 (1807年)
灯籠 文化五年 (1808年)
建立は元号「文化」、江戸後期 1800年代なんでしょうね
下総国の豪族、千葉氏は「妙見」を守護神として崇拝しており、一族
で近江湖南の三上藩主遠藤氏によってこの地に妙見菩薩が祀られ
たと教わった記憶があります。
私の撮った写真記録から、こんな資料が出てきました。文化4年
(1807年)に妙見堂を三上山に勧進した、とあります。
(2019年3月12日、追記)
ご参考:詳しいブログにヒットしました
URL: http://kida.shiga-saku.net/e379963.html
ついでながら、気になっていた家
通称、表登山道の石段脇に一軒の家(廃虚)があります。今回の日記
を編集していた時に古絵図の存在を思い出し照らし合わせてみました。
この廃虚、絵図にある茶屋?
石段脇にはこの一軒しか見えないですね~
いや、もう一軒有ったか、今度調べて来ます(3月6日追記)
ありました、建物跡が (3月7日追記)
一例を、
古絵図にある 宿ヤ 跡かな・・・?
そこには瓦や食器が散乱
他にも古絵図にはもう一つ茶屋、そして稲荷も
別の機会にまた・・・
お断り: ブログに記載情報はあくまでも素人の興味と備忘録としてUPして
おります。 全て私の想像です。もし間違いがあればどうかお許し
ください。
今日もご覧くださいましてありがとうございました
(2019年3月3日UP)