秋の和歌山をある団体の研修でバスツアーしました。これは付録の和歌山城見学です。
和歌山城を訪れるのは初めてであの紀州徳川家、8代将軍吉宗で興味深かったが城内の案内板やパンフレットによると「天守閣は弘化3年(1846)の落雷で焼失。嘉永3年(1850)に再建、昭和10年に国宝に指定されるが昭和20年7月9日の和歌山大空襲で焼失。昭和33年に鉄筋コンクリートで復元された」とあった。
それでも秋の陽を受けてまばゆく光る白壁の姿や,城内の展示には興味深いものが数多くありました。
バスからのマリーナシティの風景
和歌山マリーナシティ黒潮市場での昼食、市場で買って外での食事。新鮮なネタの弁当と生ビールは天気もよくて最高でした。
マグロの解体ショーはいっぱいの人でした。
昼食を終えて和歌山城へ向かうバスからは沖にヨットの影が小さく見えました。
和歌山城に到着。
新裏坂前にある護国神社の鳥居
石垣が結構高い。
鉄筋コンクリートの天守閣。
「三宝柑」由来の札には10代藩主徳川治宝が珍重し名付け、一般に栽培できるようになったのは,明治維新以降だとか。
城内に「和歌山城天守閣再建60周年記念」のポスターが。そういえば今年は昭和で数えれば93年、計算が合います。
年号と言えば平成も来年4月までとのこと、和暦ではますますこんがらってきそうです。
天守閣から見た景色です。城内には桜の木も結構多そうで、春の花の時期にはいい眺めかも。
城内にあったお城の番付、どうやら石高の順番らしい。
「紀州てまり」の作品と「まりと殿さま」の歌碑の説明があり、てまりや歌の関係を初めて知りました。
天守閣前の広場で二人連れの観光客から苦手なスマホのシャッターを頼まれ、2枚ほど写して返すと画面を確認して「サンキュー」の返事、ぶれていなかったようで安心。
陰も大分長くなってきていました。
和歌山城を訪れるのは初めてであの紀州徳川家、8代将軍吉宗で興味深かったが城内の案内板やパンフレットによると「天守閣は弘化3年(1846)の落雷で焼失。嘉永3年(1850)に再建、昭和10年に国宝に指定されるが昭和20年7月9日の和歌山大空襲で焼失。昭和33年に鉄筋コンクリートで復元された」とあった。
それでも秋の陽を受けてまばゆく光る白壁の姿や,城内の展示には興味深いものが数多くありました。
バスからのマリーナシティの風景
和歌山マリーナシティ黒潮市場での昼食、市場で買って外での食事。新鮮なネタの弁当と生ビールは天気もよくて最高でした。
マグロの解体ショーはいっぱいの人でした。
昼食を終えて和歌山城へ向かうバスからは沖にヨットの影が小さく見えました。
和歌山城に到着。
新裏坂前にある護国神社の鳥居
石垣が結構高い。
鉄筋コンクリートの天守閣。
「三宝柑」由来の札には10代藩主徳川治宝が珍重し名付け、一般に栽培できるようになったのは,明治維新以降だとか。
城内に「和歌山城天守閣再建60周年記念」のポスターが。そういえば今年は昭和で数えれば93年、計算が合います。
年号と言えば平成も来年4月までとのこと、和暦ではますますこんがらってきそうです。
天守閣から見た景色です。城内には桜の木も結構多そうで、春の花の時期にはいい眺めかも。
城内にあったお城の番付、どうやら石高の順番らしい。
「紀州てまり」の作品と「まりと殿さま」の歌碑の説明があり、てまりや歌の関係を初めて知りました。
天守閣前の広場で二人連れの観光客から苦手なスマホのシャッターを頼まれ、2枚ほど写して返すと画面を確認して「サンキュー」の返事、ぶれていなかったようで安心。
陰も大分長くなってきていました。