納戸の隅とか仏壇とかに
小さな暗やみがいっぱいあったけれど
おばあさんがいつも居た
土間につづく流しにも闇があった
汽車が駅に着いたときだけ
家の前の道を
村人がかたまって通りすぎる
勝手口からおばあさんの大きな声が
ときどき村人の足をとめた
夏は
山の水が澄みわたるので
ひとも魚も沢をのぼる
わんどの暗い淀みに
ザリガニのむき身を放り込むと
深い川底がぐるるんと動く
おばあさんがナマズを焼く
夏はいつしか
細い畦道をかえってゆくようだ
虫のように草を分けて
山を越える
足の下の土がやわらかい
そこにおばあさんは眠る
季節を越えて骨になり
山の水になって澄みわたる
おばあさんは死者がふたつの墓に眠る
古い習俗の最後の人になった
夏は
山の水が澄みわたるので
遠い川も近くなる
ときどき大きなさかなが現れて
ぼくの夢の泥をまきあげる
深くて暗い
水の底がみえる
(2007)