本棚に積んだままにしてあった古い本を整理しているうちに、懐かしい本が次々に出てくるので、ついページを繰りながら飛ばし読みをしたり、おもわず読みふけったりしてしまつた。
かび臭い匂いと埃に包まれていると、それだけの年月を越えて、過ぎ去ったものの中へ帰ってゆくようだ。
ヘミングウェイというアメリカの作家の名前が、いつのまにか古くて懐かしい名前になっている。
文体も懐かしい。
「彼(ニック)は父を二つのことでほんとうにありがたく思っていた。魚釣りと射撃である」。
魚釣りと射撃、それはヘミングウェイも得意とするところだった。
そして父親は、「性のことではあやふやであった」という。
だが、それについては、
「持つべきあらゆる知識は準備されていて、それについて知らねばならないすべてのことは、はたからおしえなくてもそれぞれに習ってゆくものである」と。
『父と子』という短編は、父親が教えられなかった、そのあやふやなことに触れている小説だ。
「幼かったころのことの中で、ニック自身が受けた教育は、インディアン部落の奥の栂の木の森の中で受けたものだった」。
彼はインディアンの姉弟と3人で、その森の中にいる。
「あんた、今、何かしたいんでしょ? あたし、今、いい気持なの」
と、インディアンの少女が誘ってくる。そこでニックは、邪魔な彼女の弟に銃を持たせて森の奥へ追いやってしまう。
「赤ちゃんができると思う?」
「そんなことないよ」
「たくさん赤ちゃん作ったってかまわないわ」……
時は過ぎる。
父親となった彼は、いまハイウェイを車を走らせながら、魚釣りと射撃を教えてくれた父親のことを回想している。
父は神経質でセンチメンタルで不運だったと思う。いろいろな人に裏切られて死んだ。そんな父親を愛しながらも、彼の匂いをどうしても好きになれなかった少年時代。その感覚を「猟犬には都合よくても、人間には役立たずだった」と悔いている。
とつぜん、横の席にいる息子が、インディアンと狩をしていた子どもの頃のことを質問してくる。
「どんな連中だったか話してよ」
「とてもいいやつらだった」
「でも、いっしょにいると、どんなふうだった?」
「それは口では言いにくいな」とニックは答える。
「彼女が、はじめて、だれもこんなにうまくやってくれなかったことをやってくれたなどとは言えなかった。ふくよかな褐色の脚。平たいお腹、固い小さな胸、しっかりだきしめる腕、すばやくさぐり求める舌、見ひらいた目、口のおいしい味、それから、身も世もなく、きつくしめつけて、甘く、しっとりと、愛らしく、しっかり抱きしめて、うずくように、まるごと、とうとう最後に、果てしもなく、終わることなく、終わらせることもなく、そして突如として終わり、森の中には日中しかいないのに、たそがれのふくろうのように大きな鳥が飛び、栂のとげがお腹につきささる、そんなことを、どうして口に出して言えよう」。
インディアンの匂いのこともだめだ。彼らの最後のこともだめだ。
ニックは他の事を考えようとする。
飛んでいる鳥を一羽撃ち落としたら、飛んでいる鳥を全部撃ち落としたことになるんだぞ、と教えられた父親に、今は感謝したい気分になっている。
そして息子に言う。
「お前はインディアンが好きじゃないかも知れんな」「でも、そのうちに好きになるさ」。
父から子へと、伝えられるものもあるが、伝えられないものもある。
インディアンの森に迷い込んだおかげで、ぼくの本はとうとう片付かなかった。
(ヘミングウェイ『われらの時代』松元 寛訳 角川文庫
昭和50年1月30日発行 定価260円 安い!)
コメントありがとうございます。
古い本の安い価格に反応されましたか。
いまでは、
5倍くらいの値段になっているんではないでしょうか。
本も高くなりましたよね。
でも、小説の内容は変わりません。
古くもなりませんね。
おもしろかった~いっぺんに読みました~(^◇^)
でも、誰が誰なんだか、よく分かりませんでしたが、
何かだか面白かったです。
特に、
最後に本の 定価260円安い!⇇ 吹きました。
ここが一番面白かったです(*^。^*)