平らかになれと七年(ななとせ)ともすれば平らかならず成してもならず
ニュースで知りましたが、
1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒に
発生した阪神・淡路大震災から24年だそうです。
あの日の朝、大地震発生のニュースを
今は亡き母と見守ったことを憶えています。
その年の3月にはオウムによる地下鉄サリン事件。
あの年の有馬記念は田原成貴のマヤノトップガン。
バブル崩壊から数年経った95年も
私は苦悩のど真ん中にいました。
毎年のようにどん底だと思っていた私に
本当のどん底は96年にやってくるのでした。
が、書くのはやめましょう。思い出すまい。忘れまい。
さて本日の歌「平らかになれと七年・・」は
1994年末に作ったものです。
95年つまり平成七年元旦の年賀状に書いたものだから
それとわかるのです。
短歌への情熱は当時の方があったように思います。
歌人である、という思いが昔は強かった。
周囲に認められなければ認められないほど私は
歌人なのだと主張したかったのでしょう。
さもなくば年賀状に一首など書くはずもなく
現にいまは全く書こうと思いませんもん。
言霊なんて人は言いますが私は信じない。
けれども、94年末に「平らかならず成しても」などと
書いたのだなという記憶と95年の出来事が
なんとなく怖ろしいのです。
あれから24年も経ったということも怖ろしい。
24年という歳月は家族が増え、家族が減る。
実感します。
父とは二回り違いの同じ辰年なんです。
ですから95年当時の父は今の私と同い年。
私も父も苦しい時代を生きたんだなぁ。