雪の脳裏に、去年の忌むべき記憶が次々とフラッシュバックした。
思わず膝の上に置いた拳に、力がこもる。
私だって今まで耐えてきた分、言いたいことなら沢山ある‥
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始まりは、去年の復学明けの飲み会だった。
見た目の行動と言動が、あまりにも乖離した彼を知った。
聞き間違えかと思った彼の言葉が、わだかまりとなって心に残った。
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学期が始まってから、何度も挨拶を無視された。
彼は誤魔化していたつもりだろうが、無視された側は鋭敏にその意図を感じるものだ。
もう二度と挨拶なんかするもんかと、その態度を受けて雪もまた彼に背を向けた。
そして自主ゼミの時、初めてされた”警告”。
肩に置かれた手が鉛のように重たく感じた。ゾワゾワと、鳥肌が身体中を這うようだった。
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後ろ姿を見る度、疎ましさを感じていた。
自身を無視する原因がよく分からない分、尚の事彼のことが胡散臭かった。
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そして今も心に大きなわだかまりを残す、二度目の警告。
高級そうなその靴先で、散らばった書類を蹴っ飛ばされた。
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傷口はまだ癒えていない。いや、むしろ時間が経てば経つほど膿んでいく。
しかし告白の時彼は言った。
彼女の方を振り向きもせずに。
既に過ぎ去った過去にすぎない
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傷を治療しないまま、問題を解決しないまま、隠して、秘めて、埋めて、誤魔化す。
その彼の核(コア)に、もう無条件には降伏できなかった。
雪の瞳が、反撃の意を決した。
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「どうしてですか?」
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その一言に、車に乗ってから初めて淳が雪の方を向いた。
それは淳にとって、まるで予想だにしなかった言葉だったのだ。
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「どうして私が、河村さんと関わってはいけないんですか?」
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淳は運転していることを一瞬忘れ、雪の方へ顔を向けた。
雪の口からは、次々と淳への不満が漏れ出した。今まで抑えていたものが溢れるように。
「なぜ私が理由も聞かされず先輩に従わなければならないんですか?!
理由くらい話してくれてもいいじゃないですか!
関わるなと言われたって、じゃあいつも逃げ隠れしてればいいって言うんですか?!」
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淳の手がハンドルに掛かり、急な動作で車を路肩に止める。
キキッと、ブレーキの音が大きく響いた。
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淳は雪に向き直ると、幾分声を荒げた。
「なぜそう思う?そんなつもりで言ったんじゃない」
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しかし雪の主張は曲がらない。
ただ彼の言いなりになって、ホイホイ言うことを聞くだけの人形じゃない。
雪は自分にも納得する権利があると言って譲らなかった。
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しかし淳にはそれが理解不能だった。
彼女に向かって思わず詰め寄り、二人の間に火花が飛び散る。
「何を納得するっていうんだ?友達じゃないって言ったじゃないか!
ただ話さなければいいだけのことだろう!?」
「私こそそんな意味で言ってるんじゃありません!」
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雪は真っ直ぐ淳の瞳に向って言った。
「なぜ私が河村さんの話をしなかったのかって?それじゃあ先輩はどうなんですか?!」
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あなたこそ、なぜ河村氏の話をしなかったのかと雪は聞いた。
”友達じゃない”とピッと拒絶の線を引いて、質問すらさせてくれなかった。
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雪が河村氏の話をしなかったのは、彼が気にすると思って、
互いに嫌悪しあっているから嫌だろうと思ってのことだった。
それでは彼が河村氏の話をしなかったのは、一体どんな理由があったというのだろう?
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停車した車の中で、二人は暫し何も言わぬまま睨み合っていた。
ピリピリとした空気が、二人の間を漂う。
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その空気を揺らすように、淳が大きく息を吐いた。
そして正面に向き直り、淡々とした口調で言葉を続けた。
「やめよう、雪ちゃんとは争いたくない。
アイツのことで、俺らがこじれる必要はないだろ」
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行こう、と言って彼はギアを入れた。
雪の顔が、みるみる怒りに歪んで行く。
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そのまま約束の店へ車を走らせようとする彼に、
雪はキッパリと「いいえ、行きません」と言った。
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再び淳が雪の方を見た。
それは二度目の、予想だにしない彼女の言動だった。
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雪はこんな雰囲気のまま、食事になんて行けるわけがないと言った。強い口調で。
そして心に溢れてくる、彼への不満を再びぶちまけた。
「説明しても質問しても謝っても、先輩は聞く耳一つ持とうともしない!」
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彼女の言葉を聞いた淳は、その意外な行動に圧倒されていた。
先ほどのように言い返すことも忘れ、暫し彼女を見つめる。
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雪は滾々と湧き出る自分の気持ちに歯止めが効かず、続けて河村亮とのことを説明し始めた。
家に送ってもらう云々のことだ。
「私、昨日の事件があるまで何度も家まで送ってくれようとするあの人を、ずっと断ってきました。
昨日送ってもらったのは本当に近所に空き巣が入ったからで!」
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雪は、加えて河村亮の姉と一悶着あったことを伝えた。
河村氏はそのお詫びのつもりで、彼なりに気を遣って家まで送り届けてくれたんだということも。
淳は静香の存在が言及されたことに反応したが、雪はそれには気が付かず言葉を続ける。
「黙ってた理由が何であれ、私に非があるのは分かってます。先輩が怒るのも当然です。
でも今のこの状況は‥到底納得出来ません。
昨日のことは、先輩からこれほど無視されて、そんな目で見られるようなことなんですか?」
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雪ちゃん、と呼びかけられても、雪の口は止まらなかった。
次から次へと、溜りに溜まったものが溢れ出してくる。
「先輩はいい人だから、私のこと心配してくれてるのはよく分かります。でも!
誰々と親しくするな報告しろ関わるな家に入れって命令ばっかり!急に人が変わったみたいになって!」
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雪が彼の方を見ると、先輩はキョトンとした顔で雪の方を見ていた。
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雪は居心地悪そうに口を噤み、そして再び俯いた。
怒りの炎で焦げた心の表面が、ボロボロとこぼれ落ちていく。
「先輩にとって‥私は‥」
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雪の表情が、憂いを含んだものに変わった。
そのまま言葉を続けようとした雪に、淳が身を乗り出して接近する。
「泣いてるの?」
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その顔の近さに、思わず雪は動揺した。もう言葉を続けられない。
泣いてません、と言うと雪は車から下りた。先輩が彼女の名前を、去って行く後ろ姿に呼びかける。
「すいません、私帰ります」
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しかし雪はそう言い残して、ツカツカと歩いて行った。
後に残された淳は彼女の背中を見ながら、様々な思いが胸の中を交錯するのをほのかに感じていた。
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それは、予想だにしない感情だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<吐露>でした。
二人の初喧嘩ですねー!なかなか激しかったですね。
二人の論点が微妙にズレているのも見ものです。このピントのズレはこの後の話でより一層顕著になりますね‥。
そして淳の最後の表情、口元がかなり曖昧‥。(^^;)
次回は<混乱の中で>です。
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思わず膝の上に置いた拳に、力がこもる。
私だって今まで耐えてきた分、言いたいことなら沢山ある‥
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始まりは、去年の復学明けの飲み会だった。
見た目の行動と言動が、あまりにも乖離した彼を知った。
聞き間違えかと思った彼の言葉が、わだかまりとなって心に残った。
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学期が始まってから、何度も挨拶を無視された。
彼は誤魔化していたつもりだろうが、無視された側は鋭敏にその意図を感じるものだ。
もう二度と挨拶なんかするもんかと、その態度を受けて雪もまた彼に背を向けた。
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そして自主ゼミの時、初めてされた”警告”。
肩に置かれた手が鉛のように重たく感じた。ゾワゾワと、鳥肌が身体中を這うようだった。
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後ろ姿を見る度、疎ましさを感じていた。
自身を無視する原因がよく分からない分、尚の事彼のことが胡散臭かった。
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そして今も心に大きなわだかまりを残す、二度目の警告。
高級そうなその靴先で、散らばった書類を蹴っ飛ばされた。
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傷口はまだ癒えていない。いや、むしろ時間が経てば経つほど膿んでいく。
しかし告白の時彼は言った。
彼女の方を振り向きもせずに。
既に過ぎ去った過去にすぎない
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傷を治療しないまま、問題を解決しないまま、隠して、秘めて、埋めて、誤魔化す。
その彼の核(コア)に、もう無条件には降伏できなかった。
雪の瞳が、反撃の意を決した。
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「どうしてですか?」
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その一言に、車に乗ってから初めて淳が雪の方を向いた。
それは淳にとって、まるで予想だにしなかった言葉だったのだ。
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「どうして私が、河村さんと関わってはいけないんですか?」
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淳は運転していることを一瞬忘れ、雪の方へ顔を向けた。
雪の口からは、次々と淳への不満が漏れ出した。今まで抑えていたものが溢れるように。
「なぜ私が理由も聞かされず先輩に従わなければならないんですか?!
理由くらい話してくれてもいいじゃないですか!
関わるなと言われたって、じゃあいつも逃げ隠れしてればいいって言うんですか?!」
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淳の手がハンドルに掛かり、急な動作で車を路肩に止める。
キキッと、ブレーキの音が大きく響いた。
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淳は雪に向き直ると、幾分声を荒げた。
「なぜそう思う?そんなつもりで言ったんじゃない」
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しかし雪の主張は曲がらない。
ただ彼の言いなりになって、ホイホイ言うことを聞くだけの人形じゃない。
雪は自分にも納得する権利があると言って譲らなかった。
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しかし淳にはそれが理解不能だった。
彼女に向かって思わず詰め寄り、二人の間に火花が飛び散る。
「何を納得するっていうんだ?友達じゃないって言ったじゃないか!
ただ話さなければいいだけのことだろう!?」
「私こそそんな意味で言ってるんじゃありません!」
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雪は真っ直ぐ淳の瞳に向って言った。
「なぜ私が河村さんの話をしなかったのかって?それじゃあ先輩はどうなんですか?!」
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あなたこそ、なぜ河村氏の話をしなかったのかと雪は聞いた。
”友達じゃない”とピッと拒絶の線を引いて、質問すらさせてくれなかった。
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互いに嫌悪しあっているから嫌だろうと思ってのことだった。
それでは彼が河村氏の話をしなかったのは、一体どんな理由があったというのだろう?
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停車した車の中で、二人は暫し何も言わぬまま睨み合っていた。
ピリピリとした空気が、二人の間を漂う。
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その空気を揺らすように、淳が大きく息を吐いた。
そして正面に向き直り、淡々とした口調で言葉を続けた。
「やめよう、雪ちゃんとは争いたくない。
アイツのことで、俺らがこじれる必要はないだろ」
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行こう、と言って彼はギアを入れた。
雪の顔が、みるみる怒りに歪んで行く。
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そのまま約束の店へ車を走らせようとする彼に、
雪はキッパリと「いいえ、行きません」と言った。
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再び淳が雪の方を見た。
それは二度目の、予想だにしない彼女の言動だった。
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雪はこんな雰囲気のまま、食事になんて行けるわけがないと言った。強い口調で。
そして心に溢れてくる、彼への不満を再びぶちまけた。
「説明しても質問しても謝っても、先輩は聞く耳一つ持とうともしない!」
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彼女の言葉を聞いた淳は、その意外な行動に圧倒されていた。
先ほどのように言い返すことも忘れ、暫し彼女を見つめる。
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雪は滾々と湧き出る自分の気持ちに歯止めが効かず、続けて河村亮とのことを説明し始めた。
家に送ってもらう云々のことだ。
「私、昨日の事件があるまで何度も家まで送ってくれようとするあの人を、ずっと断ってきました。
昨日送ってもらったのは本当に近所に空き巣が入ったからで!」
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雪は、加えて河村亮の姉と一悶着あったことを伝えた。
河村氏はそのお詫びのつもりで、彼なりに気を遣って家まで送り届けてくれたんだということも。
淳は静香の存在が言及されたことに反応したが、雪はそれには気が付かず言葉を続ける。
「黙ってた理由が何であれ、私に非があるのは分かってます。先輩が怒るのも当然です。
でも今のこの状況は‥到底納得出来ません。
昨日のことは、先輩からこれほど無視されて、そんな目で見られるようなことなんですか?」
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雪ちゃん、と呼びかけられても、雪の口は止まらなかった。
次から次へと、溜りに溜まったものが溢れ出してくる。
「先輩はいい人だから、私のこと心配してくれてるのはよく分かります。でも!
誰々と親しくするな報告しろ関わるな家に入れって命令ばっかり!急に人が変わったみたいになって!」
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雪が彼の方を見ると、先輩はキョトンとした顔で雪の方を見ていた。
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雪は居心地悪そうに口を噤み、そして再び俯いた。
怒りの炎で焦げた心の表面が、ボロボロとこぼれ落ちていく。
「先輩にとって‥私は‥」
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雪の表情が、憂いを含んだものに変わった。
そのまま言葉を続けようとした雪に、淳が身を乗り出して接近する。
「泣いてるの?」
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その顔の近さに、思わず雪は動揺した。もう言葉を続けられない。
泣いてません、と言うと雪は車から下りた。先輩が彼女の名前を、去って行く後ろ姿に呼びかける。
「すいません、私帰ります」
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しかし雪はそう言い残して、ツカツカと歩いて行った。
後に残された淳は彼女の背中を見ながら、様々な思いが胸の中を交錯するのをほのかに感じていた。
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それは、予想だにしない感情だった。
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<吐露>でした。
二人の初喧嘩ですねー!なかなか激しかったですね。
二人の論点が微妙にズレているのも見ものです。このピントのズレはこの後の話でより一層顕著になりますね‥。
そして淳の最後の表情、口元がかなり曖昧‥。(^^;)
次回は<混乱の中で>です。
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自分がプリプリプリプリ怒っといて、
雪ちゃんが応戦したら言い争いはやめようとな?
雪ちゃんが言い返さなかったら、
いつまでプリプリしてたんでしょ、この人。
自分が後ろめたいコトはすぐ忘れようで済ますし。
もう最近腹が立ってしょーがないわ、この人。
でもイケメンだから許せちゃうんだけど。
困ったモンだ。
ハンドル急に切って車を停めるって、
韓ドラにもよく出てくる印象なんだけど、
コレって萌えポイントかしら。
ジュンも王道行ったってワケねん。
ひるまない雪ちゃん。
正論な雪ちゃん。
やっぱり好きだわ~、この子。
師匠マジックのおかげで、日本語版でこの回を読んだ時よりずっとスカッとしました~。
私だったら、途中からの淳さんのポカーンとしたお顔につい怒りを忘れてしまうに違いない。。。
しかしなんですか最後の口元は(笑)
困惑?苦笑い?「かわいいヤツめ」?
淳、師匠を困らせるんじゃない!ww
または「はらひれほれ」とか?「あちゃー」とか?
あ行が入ってると思われます。キッパリ
今回も雪ちゃんが真剣に話してるのに、泣いてるの?ってなんやねん。
この、どこがズレてるのかと言われると明確には説明しにくいけどズレとんねん!という感じ、うまいなぁ…と思います
最後の先輩の口元ほんと気になってました(笑)一気にシリアス感が薄まっているー!
ちょびこさん、私は口の形的には「ええー…」かも!と思ったりしました(笑)
無記名でした…(T_T)
失礼しました!!
か、
アーーメーマ!
だと思います、はい。
これをやらかしたら、あなたも立派なチートラ会員。もう逃げるコトは許されません。。ふふふ。
そうですね。英語の発音で言ったらaじゃなくてaとeがくっついた感じ…(←あくまで「あ」の線は譲らず。笑)
そう!まさにあへあへ!!
あめま~は摩擦音が入ってるので、私はアヘアヘに一票!!
最後の顔だって、笑ってるしー!? と思ってました。 皆さんの読唇術!さすがです!
いや、師匠の店だからイメージは小料理屋かな。カウンターの向こうには割烹着姿の師匠。おかみさん、玉子とがんもください。燗はぬるめで…(ゲコだけど)
あ、めぐさん、はじめましてです。よろしくお願いします。
日本語版のこの場面、リピしてきました。それで判明したのですが、途中まで雪ちゃんに威圧的な態度だった先輩は、雪ちゃんの「食事なんか行かない」発言の瞬間からお口アングリのポカンづらになっていました!
それ以降は雪ちゃんが何を言おうとまったく上の空です。つまり淳にとって、約束通りごはんに行かないことは常識的に考えられないことだったのではないでしょーかっ!?(机ドン)
あくまでも「俺は約束を守る男だ」の真澄精神を貫こうとする淳。ですから去ってゆく雪ちゃんを見つめてのあの最後の表情は結局「え、ほんとにごはんいかない気?」って意味になりますね。どんだけだ。