青田淳の携帯画面に、赤山雪の名前が点滅して光っていた。
先ほどから何度も電話しているのだが、彼女からの応答は無い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/e4/9a00da5b5cc7a0823728d0c79f02477e.jpg)
淳は暫し携帯画面と睨めっこをしていたが、ふと顔を上げた。
少し先の道の先で、立ち止まっている人影に気が付く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/97/e8b0c2c24d4ee3f0a4a74e1b9001066b.jpg)
それは、見慣れた彼女の後ろ姿だった。
自分からの着信に気づくことなく、赤山雪はその場に立ち尽くしている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/06/90328977baf4d08f178d25741dabd4f8.jpg)
雪ちゃん、と彼は声を掛けた。
俯いていた彼女は、その声にビクッと身を揺らす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/16/221510a060f3d433029d3c1dc76ead8a.jpg)
淳は不思議そうな顔をしながら、雪の居る方へ歩いて行った。
「そんなとこで何してるの?電話にも出ないし‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/7a/251cbc1841839d1d5b5fd14d6de557c0.jpg)
そのまま近付いて来る彼に、雪は顔を手で覆いながら狼狽した。
頬も鼻も、幾分赤らんでいる。
「い、いえ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/0a/b5e90c22d5f9055cd3e085ada7ef2485.jpg)
その横顔は、明らかにいつもと違った。
淳は目を丸くしながら、感じるままに口を開く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/0d/dfbd69c67d5659fed7b85590495006dc.jpg)
「‥雪ちゃん、泣いてるの?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/17/78ee4c9ff20d56ad9015c7befa309fc8.jpg)
淳はそう言って雪の肩を掴むと、拒む彼女をも構わずその目を覗き込んだ。
しかし雪は顔を逸らしながら、必死でそれを否定する。
「ち、違います!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/19/798a92c27c2e6ffeb227a08db96f2095.jpg)
けれど淳は引かない。反射的にこう言った。
「嘘つけ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/eb/ac2a86b930d38f6ebadeaaccb9147e91.jpg)
そして雪の肩を掴むと、幾分強引に顔を覗き込む。
「泣いてるんだろ?ちゃんと顔見せて」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/24/1d797b14deb0b3c611e85b5be7c7532d.jpg)
至近距離にある淳の顔面に、雪はヒッと息を飲みながら手で顔を隠した。
けれど淳は雪が引けば引くほど、その顔を近づけて何があったか知ろうとする。
「こっち向いてみって」 「な‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/fe/a0009be1993268696cc17bbe4c30d64a.jpg)
「泣いてませんてば‥!」 「うん?」
二人の距離は近く、その雰囲気は意味深だ。
偶然見ていたキノコ頭が、あんぐりと口を開けて固まるほどに。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/2a/c685db61e73dae13b236efd2db03dd71.jpg)
冷や汗が止まらない。突然の出来事に、雪は思考回路が回らなかった。
おかしくなりそう‥。顔近づけすぎ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/a6/e1ed0a6a6bafca8a2365947668b5db4d.jpg)
しかしそんな雪の思いとは裏腹に、淳はより一層顔を近づけた。
「こっち見てみ。な?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/26/1020bef0cdd21008f59921bb00c00439.jpg)
瞳と瞳が、僅か数センチの距離にあった。
雪は気が動揺し、思わず大声を上げる。
「もうっ!泣いてませんってば!!!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/22/f9747cd0221e33c5f42019bcc032c3f6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/4d/dfe0a7202c207b0f7b9533ea19c391f8.jpg)
淳はあまりの大声に、ぎょっとして固まった。
そんな彼の表情を見て、雪はハッと我に返る。
「あ‥すみませ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/20/42bd37b1ae6a695dcd2edac4b9c5e84b.jpg)
動揺のあまり大声を出してしまったと言って、雪は俯いた。
頬に手の平を当てながら、気まずい気持ちを持て余す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/97/08270a761738d9c9261dcd9aa3cc2e67.jpg)
そしてそのまま項垂れる雪を、淳はじっと見つめていた。
いつもとは明らかに違う雪の姿が、淳の心を騒がせる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/d6/8e73c3b2156d327ed722bbc2f1cf87f9.jpg)
ガシッ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/fd/b6e7731c23ce9c48f78ee1b19ca2688f.jpg)
いきなり、雪は手首を掴まれた。
その力の強さと突飛な行動に、雪の身体は思わず強張る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/82/3ca45aa6fe9c51143a392e33ab2710eb.jpg)
去年横山翔によって味わった記憶が、脳裏を掠めた。
強い力で手首を掴まれ、大声を上げて追いかけられ‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/1a/175d81cab4029676ec2a036d75b5ad13.jpg)
しかし己の中のトラウマがそれを蘇らせる前に、淳は口を開いた。
雪は思わず顔を上げ、反射的にこう質問する。
「行こう」 「え?どこへ‥?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/b3/5c5327e258aeb1cda8a9ebc3c36971f5.jpg)
淳はそのまま雪の手を引っ張り、振り返ること無くスタスタと歩き出した。
動揺する雪に構うこと無く、前を向いたまま言葉を続ける。
「おいしいもの食べに行こ」「え?え?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/f3/34fbe4711a4f17d59630dc29a3ee52be.jpg)
そして淳は笑顔になると、振り返ってこう聞いた。
「甘いもの好き?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/6b/a1bbb712926929d2b7108750533c155f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/13/2f614d86794a101b81787a5911c2a140.jpg)
気がついたらティラミスを、雪は半分以上平らげていた。
美味しそうにそれを口に運ぶ雪を見ながら、淳は満足そうに微笑む。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/af/fc29636538e68908ec8f30a20d07aa92.jpg)
幾らか落ち着いた頃合いを見計らい、淳はゆっくりと切り出した。
「気分は良くなった?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/f4/0b09f7829eb4016abdf32257f20f1c9e.jpg)
淳のその言葉に、雪はハッと我に返った。
咄嗟に顔を上げると、心配そうに自分を見つめる彼の顔が目の前にある。
「‥何があったのか、聞いちゃダメかな?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/2e/ed928d534efcdbf0ec91e33b4f9a4f22.jpg)
雪は遠慮がちにそう口にする彼を見つめながら、口を噤んだ。
普段の自分なら、誤魔化す所だ。何でもない、気にしないで下さいと、遠慮がちに言って終わりだったろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/75/df4e0ba2d95c0b1ba00e8e102e367143.jpg)
でも今日の雪は違った。
目の前の彼を見つめながら、心に揺蕩う自分の気持ちを素直になぞる。
実は 誰でも良いから
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/23/d3efb36ed296de7c370a98264ab828e8.jpg)
一度は聞いて欲しかった‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/09/18c7cf14168ca2a796b3722ecfa8f27f.jpg)
抑圧され続けた心が、限界を訴えていた。
雪は心の扉をそっと開けて、抱えきれなくなったその断片を口に出した。
「実は‥就活相談に行ってきたんですけど‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/7e/f393030fbd182050b94e6c1a3c3c7488.jpg)
おずおずと話し始めると、淳は静かに相槌を打つ。
「相談担当の人に英会話が足りないって言われて、塾に行かなきゃならない状況なのに‥
そこに通うためのお金が‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/20/4ab9b999178a3e987a1a75d58a33b42d.jpg)
そこまで言った所で、雪は慌てて補足した。
「あ‥!勿論家にお金が無いってわけじゃなくて‥!私が自力でどうにかしなきゃならない状況で‥!
気が重い‥みたいなそんな感じなだけです!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/86/8b98bf78280ae071adc5ca94ed982ae0.jpg)
そんな雪の悩みを聞いた淳は、自分の思うところを言葉にした。
「そういうことなら、ご両親に相談してみた方が良いんじゃない?
ちょっと気が引けるかもしれないけど、後々考えたらその方が良いと思うけどな」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/ab/0fe4f157b020f30e64dbf37f0e52465a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/90/7f610bbcdf96bd680bb0d7b46ce1617b.jpg)
雪は言葉に詰まった。
先輩の意見は正しいが、雪にとっては一番厄介な回答だったからだ。
雪は躊躇いながら、切れ切れに言葉を選んだ。
「‥そういう頼みごと‥その‥父がいい顔しない‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/d6/aa0351a05b9663875fa922a2faa861e6.jpg)
「と思うし‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/c4/e5b37f9b97c7f223bbf3384df10e2cd4.jpg)
雪は消え入るようにそう言い終わると、そのまま俯いて黙り込んだ。
目の前の彼は何も言わない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/43/d5a12a94dffaa5724ed7ffa22bf346aa.jpg)
沈黙に耐えかねた雪は、
自分の発言がどこかおかしかったんじゃないかとグルグル考え始めた。
い、言い方おかしかったかな‥??今のじゃお父さんが変な人みたいじゃん?!
てか今のじゃ悲劇のヒロイン気取ってるように思われたかも‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/25/d65f741286b56c525bbc9d97cbb409c2.jpg)
雪は堪らず顔を上げ、補足修正を試みる。
「あああの、そうじゃなくて‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d6/c0273de11f400d9551e7dc81c167ec06.jpg)
しかし雪が口を開ききる前に、淳は力強く優しい口調でこう切り出した。
「雪ちゃん、俺の知り合いに英語塾を運営してる人が居るんだけど、
友達連れてきたら安くしてくれるって言ってたんだ。一度頼んでみようか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/5a/15fb2f62884c80a161881e3613a4c55d.jpg)
もちろん雪ちゃんが良ければの話だけど、と彼は付け加えた。
雪は目を丸くしながら、彼が切り出したその話を受け止める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/21/f8335068e23d343e83bb92cee0e59cc4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/49/478b3ba1d69b65ff9ed30c3aae29c6c7.jpg)
一瞬で、頭の中に色々なことが浮かび上がって来た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/50/7d7311c070f8dc07806cd67e250e0d03.jpg)
どうしてここまでしてくれるの? いやこの人にはこの程度のことはどうってことないんだろうな‥。
あたしのこと同情してるのか? いや考え過ぎか? どうしようこのまま素直に甘えていいもの?
後々ややこしいことにならないよね?
グルグル廻る考えも、結局一つしか無い答えに吸い込まれていく。
「い‥いいんですか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/fc/c4ce3b034a88c81aa02fb4a3026efa20.jpg)
雪はそう言って身を乗り出した。彼はニッコリと笑顔を浮かべる。
「もちろん。難しいことじゃないから俺も話をしたんだし。
父親の知り合いだから、負担に思わないで大丈夫だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/b1/7a9159c495ae4d13482b43211e29353b.jpg)
雪は彼を見つめながら、改めて礼を言った。
「あ‥ありがとうございます」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/6b/f5dedb57e76384e7998d4b5472f16bea.jpg)
甘えを受けるのは慣れないー‥。
雪のぎこちないそんな態度を前にして、淳はふっと息を吐く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/64/1dc5e6c2547401de462b8af5d004eb36.jpg)
淳はゆっくりとした動作で頬杖を付くと、和らいだ口調でこう雪に質問した。
「‥雪ちゃんてさ、心に溜め込むタイプでしょ」「え‥え‥?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/a0/c719340889a8efe9dc53299d9a2dd246.jpg)
予想外の発言に雪は少し驚いたが、そうかもしれないと頭を掻いた。
淳は言葉を続ける。
「内に溜め過ぎるのも身体に悪いよ。何かあったら人に相談してみるのも良い方法だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/9c/dd55f7d5e9828908a65a5fd6c5e6cd25.jpg)
淳は真っ直ぐに彼女を見つめた。
目を逸らす雪の中に、似たような自分を透かし見ながら。
「一人で悩むより、言葉にした方がスッキリするんじゃない?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/94/e8dafc486b16eb0bb3899eae04d706fc.jpg)
「良い友達いっぱいいるみたいだし、
そうじゃなくても言葉にすることで上手く事が進むって事もあるしね」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/96/15bdb4a412dd6cdb41cad8eb29c3a2e7.jpg)
雪は、八方塞がりだった心の迷路が、スルスルと解けて行くような感覚になった。
「一人で生きてるんじゃないんだから、そのくらい大丈夫だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/54/44340c8c5df597a70fe29392e08261db.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/30/a03105c884716c15052b5bfaee0cd50c.jpg)
驚いた。
今まで彼に抱いていたイメージが、少し揺らいだような気持ちだった。
冷淡に見えていたあの瞳‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/7b/4632afe7131f2d5baddd6187d7c211d4.jpg)
傲慢で堅苦しい、そのプライドの高さ‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/a9/1bc1cb33d23a6643c75327475a208e05.jpg)
そのイメージの隙間から、今向かいに座る彼が映った。
そして仄かに感じ取る。
暗く沈んだような瞳の奥に、温かく灯る一本の灯火のような優しさを。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/74/022cee52615ac4833d4c8ea6b4375904.jpg)
カフェを出て二人が歩いていると、ふと彼が口を開いた。
「あ、そうだ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/bd/db8579e0fcc62d82052eab27bd32bd5f.jpg)
「さっき電話で話そうとしたことなんだけど」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/8f/e5eb13b54c11c0dfaef8b3d8342abc5b.jpg)
彼は無邪気に微笑むと、雪の顔を覗き込みながら言った。
「週末空いてる?映画観に行こうよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/fd/82ebd858c20dd067bfc5346a560484c6.jpg)
突然の誘い。思わず雪は動揺した。
「えっ?えぇっ?!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/29/1b81caa2e885fbf2885c90f641be53bf.jpg)
しかし彼は顔色を変えることなく、笑顔でそのワケを説明する。
「一緒に取ってる授業の課題で、映画観なきゃならないやつがあっただろ?
一緒にやろうよ。俺が予約しとくから」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/ba/35cdd8ba9501d34486e876ddbbf51c16.jpg)
先輩の誘いは、デートではなく課題の道連れだった。
雪はドギマギしながら、わざとらしいほど明るくそれを了承する。
「は、はい!観に行きましょう!ははは!うっかり忘れてました‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/82/66e9a00bbf481188178f50bff60fa35a.jpg)
そんな雪の答えに彼は微笑み、頷いた。
「それじゃまた連絡するね。授業頑張って」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/06/eba0c7fd3d8fe004ecaf4aa2d24fa5d3.jpg)
そうして淳は手を振りながら、雪に背を向けた。
その後姿に、雪は咄嗟に声を掛ける。
「あの‥色々と、ありがとうございます‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/ac/6c6109bd496caa85d6889c471f2d26b8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/2b/67fe93f4bcaa1c65ab8af55498685272.jpg)
背後から掛けられたその言葉に、淳は目を見開いた。
今まで当然のように食事を奢ったり何かを人に与えることに慣れていた彼は、
改めてお礼を言われることが幾分珍しかったのかもしれない。
「は‥はは‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/f3/4e4556dc4548f21cea818e7b9a7a7135.jpg)
雪はそんな彼のリアクションに二の句が継げず、気まずさを隠すように頭を掻いた。
彼はそんな雪を見て、人差し指でトントンと自分の顔をタップして見せる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/f0/f12f7e5cef174dd6321bfea6ee075a86.jpg)
目を丸くする雪。
その仕草に込められた意味合いを図りかね、無言でじっと彼を見つめる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/6a/d83b97c5ba56aac40af72cbfdce95599.jpg)
淳は雪を見つめながら、ニッコリと笑顔を浮かべた。そしてこう口を開く。
「笑顔でいてね」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a3/2035afdeb9682f7cbd65b5063aa1e882.jpg)
笑顔で居れば何もかも上手くいくと、かつて淳は幼馴染の秀紀から教わった。
それはこの世を上手く渡っていくための処世術だ。
この世を不器用に生きる彼女に向けた、彼の心からのアドバイス‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/4e/40ed1a6b4f2e018c35a87fa769d3fa63.jpg)
淳はそう言ったきり、そのまま歩いて行った。
雪は先程感じた彼の仄かな温かさを、もう一度その笑顔の中に感じる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/ac/acca583ce8ae323b840bd0569d9789f9.jpg)
自分のことを人に話したのは久しぶりだ‥。
塾の件も解決した‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/d8/207c84fe5e761a131223211ad21969ff.jpg)
雪は地面を見ながら歩いた。
先ほどの就活相談の後も下を向いて歩いたが、気分は180度変わっていた。
超おいしいケーキ屋さんも知ることが出来たし、映画も観に行ける‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/38/b56dfcb1bc75bd96ce38574e7cb7ec88.jpg)
雪は知らず知らずの内に、歩調が早まるのを止められなかった。
がんじがらめだった心と、八方塞がりだった物事が、全て解けて行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/e6/11322f77c02b9a20c9e0e28f63a48b5c.jpg)
雪は自分も気付かぬ内に、顔を上げていた。
自然とこぼれ出る笑顔が、陽の光を浴びて輝いていた。
道は開けた。
雪はその方向へ向かって、颯爽と走って行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/ff/1695999138ed19868ab1b329493a6507.jpg)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<救済>でした。
前回の<行き詰まり>が、青田先輩によって救われるという回でした。
雪にとっての青田先輩のイメージを変えるキッカケの回でもありますね。
全て一人で解決してきた雪が、珍しく人にその悩みを打ち明けるという大事な回でもあります。
普段なら今まで警戒してきた先輩になんて絶対打ち明けないでしょうが‥。
なんにせよ先輩の手慣れ感にアッパレでした。太一なら連れて行かれるのはラーメン屋か‥?w
次回は<それぞれの準備>です。
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先ほどから何度も電話しているのだが、彼女からの応答は無い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/9d/b0b2ffbcf48c218490b9c00e55f80c00.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/e4/9a00da5b5cc7a0823728d0c79f02477e.jpg)
淳は暫し携帯画面と睨めっこをしていたが、ふと顔を上げた。
少し先の道の先で、立ち止まっている人影に気が付く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/97/e8b0c2c24d4ee3f0a4a74e1b9001066b.jpg)
それは、見慣れた彼女の後ろ姿だった。
自分からの着信に気づくことなく、赤山雪はその場に立ち尽くしている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/06/90328977baf4d08f178d25741dabd4f8.jpg)
雪ちゃん、と彼は声を掛けた。
俯いていた彼女は、その声にビクッと身を揺らす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/16/221510a060f3d433029d3c1dc76ead8a.jpg)
淳は不思議そうな顔をしながら、雪の居る方へ歩いて行った。
「そんなとこで何してるの?電話にも出ないし‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/7a/251cbc1841839d1d5b5fd14d6de557c0.jpg)
そのまま近付いて来る彼に、雪は顔を手で覆いながら狼狽した。
頬も鼻も、幾分赤らんでいる。
「い、いえ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/0a/b5e90c22d5f9055cd3e085ada7ef2485.jpg)
その横顔は、明らかにいつもと違った。
淳は目を丸くしながら、感じるままに口を開く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/0d/dfbd69c67d5659fed7b85590495006dc.jpg)
「‥雪ちゃん、泣いてるの?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/17/78ee4c9ff20d56ad9015c7befa309fc8.jpg)
淳はそう言って雪の肩を掴むと、拒む彼女をも構わずその目を覗き込んだ。
しかし雪は顔を逸らしながら、必死でそれを否定する。
「ち、違います!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/19/798a92c27c2e6ffeb227a08db96f2095.jpg)
けれど淳は引かない。反射的にこう言った。
「嘘つけ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/eb/ac2a86b930d38f6ebadeaaccb9147e91.jpg)
そして雪の肩を掴むと、幾分強引に顔を覗き込む。
「泣いてるんだろ?ちゃんと顔見せて」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/24/1d797b14deb0b3c611e85b5be7c7532d.jpg)
至近距離にある淳の顔面に、雪はヒッと息を飲みながら手で顔を隠した。
けれど淳は雪が引けば引くほど、その顔を近づけて何があったか知ろうとする。
「こっち向いてみって」 「な‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/fe/a0009be1993268696cc17bbe4c30d64a.jpg)
「泣いてませんてば‥!」 「うん?」
二人の距離は近く、その雰囲気は意味深だ。
偶然見ていたキノコ頭が、あんぐりと口を開けて固まるほどに。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/2a/c685db61e73dae13b236efd2db03dd71.jpg)
冷や汗が止まらない。突然の出来事に、雪は思考回路が回らなかった。
おかしくなりそう‥。顔近づけすぎ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/a6/e1ed0a6a6bafca8a2365947668b5db4d.jpg)
しかしそんな雪の思いとは裏腹に、淳はより一層顔を近づけた。
「こっち見てみ。な?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/26/1020bef0cdd21008f59921bb00c00439.jpg)
瞳と瞳が、僅か数センチの距離にあった。
雪は気が動揺し、思わず大声を上げる。
「もうっ!泣いてませんってば!!!」
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/4d/dfe0a7202c207b0f7b9533ea19c391f8.jpg)
淳はあまりの大声に、ぎょっとして固まった。
そんな彼の表情を見て、雪はハッと我に返る。
「あ‥すみませ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/20/42bd37b1ae6a695dcd2edac4b9c5e84b.jpg)
動揺のあまり大声を出してしまったと言って、雪は俯いた。
頬に手の平を当てながら、気まずい気持ちを持て余す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/97/08270a761738d9c9261dcd9aa3cc2e67.jpg)
そしてそのまま項垂れる雪を、淳はじっと見つめていた。
いつもとは明らかに違う雪の姿が、淳の心を騒がせる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/d6/8e73c3b2156d327ed722bbc2f1cf87f9.jpg)
ガシッ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/fd/b6e7731c23ce9c48f78ee1b19ca2688f.jpg)
いきなり、雪は手首を掴まれた。
その力の強さと突飛な行動に、雪の身体は思わず強張る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/82/3ca45aa6fe9c51143a392e33ab2710eb.jpg)
去年横山翔によって味わった記憶が、脳裏を掠めた。
強い力で手首を掴まれ、大声を上げて追いかけられ‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/1a/175d81cab4029676ec2a036d75b5ad13.jpg)
しかし己の中のトラウマがそれを蘇らせる前に、淳は口を開いた。
雪は思わず顔を上げ、反射的にこう質問する。
「行こう」 「え?どこへ‥?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/b3/5c5327e258aeb1cda8a9ebc3c36971f5.jpg)
淳はそのまま雪の手を引っ張り、振り返ること無くスタスタと歩き出した。
動揺する雪に構うこと無く、前を向いたまま言葉を続ける。
「おいしいもの食べに行こ」「え?え?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/f3/34fbe4711a4f17d59630dc29a3ee52be.jpg)
そして淳は笑顔になると、振り返ってこう聞いた。
「甘いもの好き?」
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/13/2f614d86794a101b81787a5911c2a140.jpg)
気がついたらティラミスを、雪は半分以上平らげていた。
美味しそうにそれを口に運ぶ雪を見ながら、淳は満足そうに微笑む。
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幾らか落ち着いた頃合いを見計らい、淳はゆっくりと切り出した。
「気分は良くなった?」
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淳のその言葉に、雪はハッと我に返った。
咄嗟に顔を上げると、心配そうに自分を見つめる彼の顔が目の前にある。
「‥何があったのか、聞いちゃダメかな?」
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雪は遠慮がちにそう口にする彼を見つめながら、口を噤んだ。
普段の自分なら、誤魔化す所だ。何でもない、気にしないで下さいと、遠慮がちに言って終わりだったろう。
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でも今日の雪は違った。
目の前の彼を見つめながら、心に揺蕩う自分の気持ちを素直になぞる。
実は 誰でも良いから
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一度は聞いて欲しかった‥
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抑圧され続けた心が、限界を訴えていた。
雪は心の扉をそっと開けて、抱えきれなくなったその断片を口に出した。
「実は‥就活相談に行ってきたんですけど‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/7e/f393030fbd182050b94e6c1a3c3c7488.jpg)
おずおずと話し始めると、淳は静かに相槌を打つ。
「相談担当の人に英会話が足りないって言われて、塾に行かなきゃならない状況なのに‥
そこに通うためのお金が‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/20/4ab9b999178a3e987a1a75d58a33b42d.jpg)
そこまで言った所で、雪は慌てて補足した。
「あ‥!勿論家にお金が無いってわけじゃなくて‥!私が自力でどうにかしなきゃならない状況で‥!
気が重い‥みたいなそんな感じなだけです!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/86/8b98bf78280ae071adc5ca94ed982ae0.jpg)
そんな雪の悩みを聞いた淳は、自分の思うところを言葉にした。
「そういうことなら、ご両親に相談してみた方が良いんじゃない?
ちょっと気が引けるかもしれないけど、後々考えたらその方が良いと思うけどな」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/ab/0fe4f157b020f30e64dbf37f0e52465a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/90/7f610bbcdf96bd680bb0d7b46ce1617b.jpg)
雪は言葉に詰まった。
先輩の意見は正しいが、雪にとっては一番厄介な回答だったからだ。
雪は躊躇いながら、切れ切れに言葉を選んだ。
「‥そういう頼みごと‥その‥父がいい顔しない‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/d6/aa0351a05b9663875fa922a2faa861e6.jpg)
「と思うし‥」
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雪は消え入るようにそう言い終わると、そのまま俯いて黙り込んだ。
目の前の彼は何も言わない。
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沈黙に耐えかねた雪は、
自分の発言がどこかおかしかったんじゃないかとグルグル考え始めた。
い、言い方おかしかったかな‥??今のじゃお父さんが変な人みたいじゃん?!
てか今のじゃ悲劇のヒロイン気取ってるように思われたかも‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/25/d65f741286b56c525bbc9d97cbb409c2.jpg)
雪は堪らず顔を上げ、補足修正を試みる。
「あああの、そうじゃなくて‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d6/c0273de11f400d9551e7dc81c167ec06.jpg)
しかし雪が口を開ききる前に、淳は力強く優しい口調でこう切り出した。
「雪ちゃん、俺の知り合いに英語塾を運営してる人が居るんだけど、
友達連れてきたら安くしてくれるって言ってたんだ。一度頼んでみようか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/5a/15fb2f62884c80a161881e3613a4c55d.jpg)
もちろん雪ちゃんが良ければの話だけど、と彼は付け加えた。
雪は目を丸くしながら、彼が切り出したその話を受け止める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/21/f8335068e23d343e83bb92cee0e59cc4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/49/478b3ba1d69b65ff9ed30c3aae29c6c7.jpg)
一瞬で、頭の中に色々なことが浮かび上がって来た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/50/7d7311c070f8dc07806cd67e250e0d03.jpg)
どうしてここまでしてくれるの? いやこの人にはこの程度のことはどうってことないんだろうな‥。
あたしのこと同情してるのか? いや考え過ぎか? どうしようこのまま素直に甘えていいもの?
後々ややこしいことにならないよね?
グルグル廻る考えも、結局一つしか無い答えに吸い込まれていく。
「い‥いいんですか?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/fc/c4ce3b034a88c81aa02fb4a3026efa20.jpg)
雪はそう言って身を乗り出した。彼はニッコリと笑顔を浮かべる。
「もちろん。難しいことじゃないから俺も話をしたんだし。
父親の知り合いだから、負担に思わないで大丈夫だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/b1/7a9159c495ae4d13482b43211e29353b.jpg)
雪は彼を見つめながら、改めて礼を言った。
「あ‥ありがとうございます」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/6b/f5dedb57e76384e7998d4b5472f16bea.jpg)
甘えを受けるのは慣れないー‥。
雪のぎこちないそんな態度を前にして、淳はふっと息を吐く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/64/1dc5e6c2547401de462b8af5d004eb36.jpg)
淳はゆっくりとした動作で頬杖を付くと、和らいだ口調でこう雪に質問した。
「‥雪ちゃんてさ、心に溜め込むタイプでしょ」「え‥え‥?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/a0/c719340889a8efe9dc53299d9a2dd246.jpg)
予想外の発言に雪は少し驚いたが、そうかもしれないと頭を掻いた。
淳は言葉を続ける。
「内に溜め過ぎるのも身体に悪いよ。何かあったら人に相談してみるのも良い方法だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/9c/dd55f7d5e9828908a65a5fd6c5e6cd25.jpg)
淳は真っ直ぐに彼女を見つめた。
目を逸らす雪の中に、似たような自分を透かし見ながら。
「一人で悩むより、言葉にした方がスッキリするんじゃない?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/94/e8dafc486b16eb0bb3899eae04d706fc.jpg)
「良い友達いっぱいいるみたいだし、
そうじゃなくても言葉にすることで上手く事が進むって事もあるしね」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/96/15bdb4a412dd6cdb41cad8eb29c3a2e7.jpg)
雪は、八方塞がりだった心の迷路が、スルスルと解けて行くような感覚になった。
「一人で生きてるんじゃないんだから、そのくらい大丈夫だよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/54/44340c8c5df597a70fe29392e08261db.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/30/a03105c884716c15052b5bfaee0cd50c.jpg)
驚いた。
今まで彼に抱いていたイメージが、少し揺らいだような気持ちだった。
冷淡に見えていたあの瞳‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/7b/4632afe7131f2d5baddd6187d7c211d4.jpg)
傲慢で堅苦しい、そのプライドの高さ‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/a9/1bc1cb33d23a6643c75327475a208e05.jpg)
そのイメージの隙間から、今向かいに座る彼が映った。
そして仄かに感じ取る。
暗く沈んだような瞳の奥に、温かく灯る一本の灯火のような優しさを。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/74/022cee52615ac4833d4c8ea6b4375904.jpg)
カフェを出て二人が歩いていると、ふと彼が口を開いた。
「あ、そうだ!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/bd/db8579e0fcc62d82052eab27bd32bd5f.jpg)
「さっき電話で話そうとしたことなんだけど」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/8f/e5eb13b54c11c0dfaef8b3d8342abc5b.jpg)
彼は無邪気に微笑むと、雪の顔を覗き込みながら言った。
「週末空いてる?映画観に行こうよ」
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突然の誘い。思わず雪は動揺した。
「えっ?えぇっ?!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/29/1b81caa2e885fbf2885c90f641be53bf.jpg)
しかし彼は顔色を変えることなく、笑顔でそのワケを説明する。
「一緒に取ってる授業の課題で、映画観なきゃならないやつがあっただろ?
一緒にやろうよ。俺が予約しとくから」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/ba/35cdd8ba9501d34486e876ddbbf51c16.jpg)
先輩の誘いは、デートではなく課題の道連れだった。
雪はドギマギしながら、わざとらしいほど明るくそれを了承する。
「は、はい!観に行きましょう!ははは!うっかり忘れてました‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/82/66e9a00bbf481188178f50bff60fa35a.jpg)
そんな雪の答えに彼は微笑み、頷いた。
「それじゃまた連絡するね。授業頑張って」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/06/eba0c7fd3d8fe004ecaf4aa2d24fa5d3.jpg)
そうして淳は手を振りながら、雪に背を向けた。
その後姿に、雪は咄嗟に声を掛ける。
「あの‥色々と、ありがとうございます‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/ac/6c6109bd496caa85d6889c471f2d26b8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/2b/67fe93f4bcaa1c65ab8af55498685272.jpg)
背後から掛けられたその言葉に、淳は目を見開いた。
今まで当然のように食事を奢ったり何かを人に与えることに慣れていた彼は、
改めてお礼を言われることが幾分珍しかったのかもしれない。
「は‥はは‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/f3/4e4556dc4548f21cea818e7b9a7a7135.jpg)
雪はそんな彼のリアクションに二の句が継げず、気まずさを隠すように頭を掻いた。
彼はそんな雪を見て、人差し指でトントンと自分の顔をタップして見せる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/f0/f12f7e5cef174dd6321bfea6ee075a86.jpg)
目を丸くする雪。
その仕草に込められた意味合いを図りかね、無言でじっと彼を見つめる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/6a/d83b97c5ba56aac40af72cbfdce95599.jpg)
淳は雪を見つめながら、ニッコリと笑顔を浮かべた。そしてこう口を開く。
「笑顔でいてね」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a3/2035afdeb9682f7cbd65b5063aa1e882.jpg)
笑顔で居れば何もかも上手くいくと、かつて淳は幼馴染の秀紀から教わった。
それはこの世を上手く渡っていくための処世術だ。
この世を不器用に生きる彼女に向けた、彼の心からのアドバイス‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/4e/40ed1a6b4f2e018c35a87fa769d3fa63.jpg)
淳はそう言ったきり、そのまま歩いて行った。
雪は先程感じた彼の仄かな温かさを、もう一度その笑顔の中に感じる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/ac/acca583ce8ae323b840bd0569d9789f9.jpg)
自分のことを人に話したのは久しぶりだ‥。
塾の件も解決した‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/d8/207c84fe5e761a131223211ad21969ff.jpg)
雪は地面を見ながら歩いた。
先ほどの就活相談の後も下を向いて歩いたが、気分は180度変わっていた。
超おいしいケーキ屋さんも知ることが出来たし、映画も観に行ける‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/38/b56dfcb1bc75bd96ce38574e7cb7ec88.jpg)
雪は知らず知らずの内に、歩調が早まるのを止められなかった。
がんじがらめだった心と、八方塞がりだった物事が、全て解けて行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/e6/11322f77c02b9a20c9e0e28f63a48b5c.jpg)
雪は自分も気付かぬ内に、顔を上げていた。
自然とこぼれ出る笑顔が、陽の光を浴びて輝いていた。
道は開けた。
雪はその方向へ向かって、颯爽と走って行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/ff/1695999138ed19868ab1b329493a6507.jpg)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<救済>でした。
前回の<行き詰まり>が、青田先輩によって救われるという回でした。
雪にとっての青田先輩のイメージを変えるキッカケの回でもありますね。
全て一人で解決してきた雪が、珍しく人にその悩みを打ち明けるという大事な回でもあります。
普段なら今まで警戒してきた先輩になんて絶対打ち明けないでしょうが‥。
なんにせよ先輩の手慣れ感にアッパレでした。太一なら連れて行かれるのはラーメン屋か‥?w
次回は<それぞれの準備>です。
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一言で表すなら、萌え。
色々書きたいけど、ありすぎるので、覚えてるコトから、とりあえず箇条書きで。
泣き顔見たがり屋の先輩も、本家のセリフ見たら「どれ」とまでは言ってませんでしたね。笑
「笑顔忘れずにね」より「笑顔でいてね」の方が、ここはしっくりきますね。
雪ちゃんの「悲劇のヒロインぶってるみたい」的な考え方、すごく好きです。
良い意味での自意識過剰っていうか、青田淳相手なら、お涙頂戴を演じて気を引こうとする女も多かろうに、そういう意図はもちろんなく、意図せずとも自分のそれっぽい発言にダメだしするあたり、ほんと潔くてイジラシイ女の子。
そんな場面も、普段私達の中にあるけど、マンガで描写されるのが、なんか目新しいと感じたし、私達ってやっぱアジア人よねーと思ったりしたワケで。
先輩、この回に限らず、雪ちゃんの溜め込みや1人で考えすぎなクセについて言及する時、どんな気分なんでしょね。
自身に言ってるようだ、と本人は感じてるんでしょうか。笑
いいですね~(*^^*)
ほんとに先輩の手慣れ感…(笑)
ケーキ屋に連れ出して悩みを聞いて負担を軽くしようだなんて…
女の子が甘いものが好きだと当然のごとく知ってる、そんな青田先輩が好きです(笑)
でも、隠れ河村さんファンでもあります(笑)
先輩の手慣れ感って納得です。
扉が開いた日から着実に確実に女心つかんでる行動ですよね(・・;)
計算なのか、天然なのか距離が近いし。
ケーキを食べ終えた時の話を切り出す前のコマが獲物を仕留める前の悪い笑みにさえ見えてしまいます(>人<;)
で、でも、私は先輩派ですよ!
太一君、可愛いですね。
yukkanenさんの指摘通りラーメン屋に連れて行って何にも聞かないで笑い話をして、サラッと帰っていきそう(^。^)
ちょびこさん、ご指摘のように本当にゆきちゃんのいじらしさや謙虚さは好きです。
今回、先輩に打ち明けれてよかったねって母心です。
ただ、先輩がゆきちゃんにアドバイスしたように誰かに相談することを自分もゆきちゃんにしたら良いのにと思います。
そしたら、雪ちゃんなら悩んでも受けとめてくれるはず。
先輩こそ隠してないで話そうよ・゜・(ノД`)・゜・。
変に隠してると雪ちゃんが不審がって離れちゃうよ。
本家版最新話で実感しました。
とりとめなく、コメントしてすみません(T ^ T)
ここは先輩のイケメンベスト3に入る場面ですよね。
手慣れ感とスマートさの玉手箱ですよ!(彦摩呂か)
「悲劇のヒロイン気取り」の考え方‥。
雪の気ぃ遣いの癖が、自分の悩みを打ち明ける時すら出ちゃうんでしょうね~。本当いじらしい子です。
先輩の雪のこういう癖に言及する時の気持ちは、まさにちょびこさんの言う通り、自分に向けて言っているに近いものがあると思います。
今後も何回か出てくるじゃないですか、雪の悩みに答える先輩って。その度に、その答えが自己弁護っぽいというか、そういうニオイがするんですよね。。
この問題についてはまだ分析中ですが、いずれ記事にする時までには結論を出したいと思っています‥。
>MILKさん
「笑顔でいてね」の方が良かったですか!
ちょびこさんに続きMILKさんにもそう仰って頂けて、安心しました~!
先輩スマートですよねぇ。今までの彼女がケーキ好きだったんですかね。行動までイケメンですねぇ。
河村さんだったらどうしてたでしょうね。何も言わず音楽室に連れて行き、いきなりピアノ弾いたりとか‥(唐突)
あ‥でも想像すると結構いいかも‥(重症)
>teaさん
あんなイケメンがあんなスマートさを兼ねそろえてるなんて、敵なしですよね。
獲物を仕留める目‥ww 彼は自分がかっこいいこと自覚してますからね‥それも計算してるんじゃないでしょうかね!
太一はきっとラーメン屋に連れて行ってくれた後、またあの目を回す独特な芸で笑わせてくれますよ。
それもそれでいいなぁ。。(誰でもいいんかい)
雪に相談する先輩も見てみたいですね~
雪が項垂れた先輩の手首を掴み、ファミレスに連れて行き‥。クーポンを出す‥。
‥変な想像失礼しました(^^;)
しかし、ここにもイケメン無罪の罠が!
誰でもよくないのです!
横山だったら?ケンタだったら?ついでに佐藤だったら?
お願いだからほっといて欲しいモンです。
チートラファンは、はっきりくっきり男性陣を差別化しとりますからな。あの御三家は無罪放免となる仕組みとなっとります。
確かに‥佐藤先輩とか‥。
想像出来ないですし別に想像したくないですね‥。
(ひどい)
しかも先輩、河村さん、太一がチートライケメン御三家とは!ww
いいですね~CD出してほしいですね(方向性)