雪との電話を切ってから、淳は再びデスクに戻った。
PCのキーボードを叩きながら、思考は仕事以外のことに飛ぶ。
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先程掛かって来た父からの電話。
静香が以前のことをすごく反省して、会計の勉強を再び始めると言っていた。
相当こたえているようだから、私は最後にもう一度だけあの子を信じてやりたい
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紆余曲折はあったが、静香はようやく真っ当な道を選択したようだ。
そして弟の方も、淳の思惑通りにことは進んでいる。
おい亮のヤツ、大人しく金返すって言って来たぜ?
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亮が地方で働いていた時の雇用主、吉川社長。
電話の向こうの濁声は、至極満足そうにその事実を口にしていた。
そしてついさっき掛かって来た雪からの電話で、それはより良い方向へと向かっていることを知る。
先輩、河村氏がうちの店を辞めるそうです。
先輩今笑ってるでしょ?電話越しでも分かるよ
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正解だ。嬉しくて堪らない。
淳は自分の思惑通りに進む物事を思い、満足そうに口角を緩める。
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すると後方から声が掛かった。
「何か良いことあったの?」
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振り返ると、淳の上司が笑顔を浮かべて立っている。
「あ、ちょっと連絡確認を‥」
「おお、やっぱり君は女の子から人気があるんだなぁ!ははは」
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笑顔と笑い声の中に含まれる嫌味や皮肉。
淳はそれを敏感に感じ取り、虚飾の笑顔で相対する。
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上司も同じように笑顔を貼り付けたまま、PCの画面を覗き込んで聞いた。
「報告書出した?」
「いえ、でももう提出するところです」
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淳はPC上に報告書を表示し、提出先へとそれを送る。
「すぐ上に送ります」「そのことなんだけどさぁ、」
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しかしそこで、待ったが掛かった。
上司は笑顔を飾ったまま、和やかを装った口調でこう話す。
「報告書ね、今後は僕が一度目を通してからアップした方がいいと思うんだ。
だからとりあえず僕に見せてくれる?」
「この前も‥」「うん、だから僕がやるって」
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上司は新入社員である淳を軽視したような態度で、こう語った。
「入社したばかりでまだよく分かんないみたいだから、
一旦僕を通すのが君にとっても良いと思うんだよね。まだ不慣れな点も多いし、問題起こされちゃね。
その前に僕が見るからさ」
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そして上司は淳の肩に手を置いた。
”服従せよ”、そこにはそんなメッセージが込められる。
「言ってること分かるよね?」
「はい、分かりました」
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素直にそれに従う淳。
上司は満足そうな顔をして去って行った。
「じゃ、送っといて」
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上司の背中を見送っていると、携帯電話が震えた。
開くと、メールが一通届いている。
最近会社はどうですか?変わりないです?
前話してた上司さんはずっと嫌な感じですか?
私なんて、いっつも忘れた頃に柳瀬健太が現れて‥
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淳はそのメールにこう返信した。
うん。別に問題ないよ。上手くやってる
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上司が報告書を自分の方に持ってこいと言うであろうということは、想定内の出来事だった。
ああいったタイプの人間の扱い方を、淳はとうの昔から心得ているのである。
淳は携帯をデスクの上に置くと、くるりと椅子を回した。
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全てが自分の思惑通り。
昔からずっと、そしてこれからも。
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淳は誰にも見られていないことを知った上で、口角を緩めた。
自分はずっと正しくて、きっとそれは変わらない事実‥。
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そしてその頃雪は、地下鉄に揺られながらこう考えていた。
変わる、か‥。
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雪は自分自身も変わったし、先輩もまた変わったと思っていた。
それは勿論良い方向に。
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空には満月が浮かんでいた。
雪は微笑みながら、もう一度彼にメールを打つ。
この一年で私達、相当変わったと思いません?勿論良い意味で。
やっぱりヒトは成長する生き物なのデスww
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そのメールを受け取った淳は、きょとんとした顔をしていた。
”変わる”というキーワードが、淳の心に引っ掛かる。
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しかしそこに考えを巡らす前に、後方で大きな声がした。
「早く私のデスクに来い!」
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課長はデスクをバンッと叩き、ミスをした部下を大声で呼んだ。
「どうして関数適用範囲が全部メチャクチャなんだ?!
リストを作成するとは思わなかったのか?!」
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その怒号はオフィス全体に響き渡り、そこに居た全員の視線が課長に注がれた。
課長はミスをした部下に向かって、早く来いと手招きをする。
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そんな中、課長は気がついた。
咎めを含んだ淳の視線が自分に注がれていることに。
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課長は苦々しい表情で淳から目を逸らした。
やがて淳も彼から目を逸らすと、課長の元に向かう人物の方をチラと見る。
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項垂れながらげんなりしているのは、淳の上司だった。
頭を抱えるその姿は、やはり想定の範囲内‥。
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全てが自分の思惑通りに進んで行く。
これまでも、きっと、これからも。
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先輩がやったんですか?
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チクリ、と胸を刺す。
不意に鼓膜の裏に響いた雪の声に、
キーボードを叩いていた指が思わず止まる。
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脳裏に浮かんで来る、彼女の眼差し。
まるで理解出来ないものを見るかのような、何か怖いものから身を引くかのようなー‥。
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けれど淳は思う。自分は何も変わっていないと。
今回だっていつも通り、上司が呼び出されるのを見越していた。
昔、雪が様々な人間に振り回されているのを見ていた時と、同じように。
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そして、”人は変わっていくもの”だとしたら、
これからの未来が変わる可能性もあるということだ。
今自分に向けられている彼女の笑顔が、無くなってしまう可能性だって‥。
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苦い気持ちが胸に広がり、淳の思考は過去を辿り出す。
欺瞞‥
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浮かんで来たのは、欺瞞というその言葉だった。
信じていた者に裏切られたあの時、淳は怒りで震えていた。

その淳の姿を見て、目の前で息を飲む亮。
二人の間にある空気が緊迫する。
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そして淳は震える声で、亮に向かってこう言った。
「お前、”欺瞞”って言葉、知ってるか?」
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苦く重い感情。
出来るなら消したい過去の記憶。
淳はデスクの上に置いた手に視線を落とした。そこには亮と殴り合ったアザが、まだ残っている。
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自分の元から去って行く雪の背中が、再び浮かぶ。
あの時感じたあの感情が、淳の胸をきつく締め付ける。
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正直に話したら、また怒るだろう?
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ふと、脳裏に浮かぶ場面があった。
あれはちょうど一年前の、秋も深まった季節のこと。
笑いかけなきゃ、
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笑ってくれない‥
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彼女を無視していた去年。
いつしか彼女も自分を、無視するようになった。
互いへの態度が反映し合う、まるで鏡のようだった、あの頃の二人‥。
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けどしかし自分は、変わらないで居たからこそ、この現状があるのではないのかー‥。
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”人は簡単には変わらない”と、誰かの声がする。
淳はその声を聞きながら、昔の記憶を辿っているー‥。
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デスクの上に置いた、右手に視線を落とした。
この手が彼女の指先を掴んだ時から、運命が回り始めた‥。
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ふと顔を上げると、課長から残業を言い渡されたのか、項垂れる淳の上司が目に入った。
頭を抱え、肩を落としてトボトボと歩いて行く。
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淳は上司に声を掛けることなく、帰りの支度を始めた。
上司が今のような状態になるのは自業自得。自分はそれを俯瞰していたに過ぎない。
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自分が撒いた種に足を取られる人物を、もう何度目にしただろう。
淳は溜息を吐きながら、誰にも聞こえない位の小さな声で一人呟く。
「さぁ、どうかな‥」

「君も俺も、変わってないだろう」
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けれど淳は知っているのだ。
昔の罪悪感に今もずっと縛られている、彼女自身を‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<変わらない彼>でした。
この回はなんだか、考えれば考える程こんがらがるんですが‥。
とにかく淳は”変わる”ことをどこか恐れているのかな、と思いました。
自分は変わらないことを自覚し、そんな自分を晒せば雪が去って行ってしまう(今の関係が変わる)と思い、変われずにいる。
そんな感じでしょうか。
さて最後の方で淳が回想していたのは、一年前の学祭の準備で教室に集まった時の記憶ですね。
また詳しい回想は先の話で雪ちゃんがしますので、それまで詳細はお待ち下さいね~^^
*2015.8.1
先週更新分の本家のコマを追加致しました。先の話を読まないと内容がピンとこないところもありますが、
時系列でまとめることを優先させました。ご了承下さいませ。
次回は<先>です。
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PCのキーボードを叩きながら、思考は仕事以外のことに飛ぶ。
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先程掛かって来た父からの電話。
静香が以前のことをすごく反省して、会計の勉強を再び始めると言っていた。
相当こたえているようだから、私は最後にもう一度だけあの子を信じてやりたい
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紆余曲折はあったが、静香はようやく真っ当な道を選択したようだ。
そして弟の方も、淳の思惑通りにことは進んでいる。
おい亮のヤツ、大人しく金返すって言って来たぜ?
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亮が地方で働いていた時の雇用主、吉川社長。
電話の向こうの濁声は、至極満足そうにその事実を口にしていた。
そしてついさっき掛かって来た雪からの電話で、それはより良い方向へと向かっていることを知る。
先輩、河村氏がうちの店を辞めるそうです。
先輩今笑ってるでしょ?電話越しでも分かるよ
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正解だ。嬉しくて堪らない。
淳は自分の思惑通りに進む物事を思い、満足そうに口角を緩める。
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すると後方から声が掛かった。
「何か良いことあったの?」
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振り返ると、淳の上司が笑顔を浮かべて立っている。
「あ、ちょっと連絡確認を‥」
「おお、やっぱり君は女の子から人気があるんだなぁ!ははは」
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笑顔と笑い声の中に含まれる嫌味や皮肉。
淳はそれを敏感に感じ取り、虚飾の笑顔で相対する。
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上司も同じように笑顔を貼り付けたまま、PCの画面を覗き込んで聞いた。
「報告書出した?」
「いえ、でももう提出するところです」
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淳はPC上に報告書を表示し、提出先へとそれを送る。
「すぐ上に送ります」「そのことなんだけどさぁ、」
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しかしそこで、待ったが掛かった。
上司は笑顔を飾ったまま、和やかを装った口調でこう話す。
「報告書ね、今後は僕が一度目を通してからアップした方がいいと思うんだ。
だからとりあえず僕に見せてくれる?」
「この前も‥」「うん、だから僕がやるって」
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上司は新入社員である淳を軽視したような態度で、こう語った。
「入社したばかりでまだよく分かんないみたいだから、
一旦僕を通すのが君にとっても良いと思うんだよね。まだ不慣れな点も多いし、問題起こされちゃね。
その前に僕が見るからさ」
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そして上司は淳の肩に手を置いた。
”服従せよ”、そこにはそんなメッセージが込められる。
「言ってること分かるよね?」
「はい、分かりました」
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素直にそれに従う淳。
上司は満足そうな顔をして去って行った。
「じゃ、送っといて」
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上司の背中を見送っていると、携帯電話が震えた。
開くと、メールが一通届いている。
最近会社はどうですか?変わりないです?
前話してた上司さんはずっと嫌な感じですか?
私なんて、いっつも忘れた頃に柳瀬健太が現れて‥
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淳はそのメールにこう返信した。
うん。別に問題ないよ。上手くやってる
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上司が報告書を自分の方に持ってこいと言うであろうということは、想定内の出来事だった。
ああいったタイプの人間の扱い方を、淳はとうの昔から心得ているのである。
淳は携帯をデスクの上に置くと、くるりと椅子を回した。
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全てが自分の思惑通り。
昔からずっと、そしてこれからも。
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淳は誰にも見られていないことを知った上で、口角を緩めた。
自分はずっと正しくて、きっとそれは変わらない事実‥。
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そしてその頃雪は、地下鉄に揺られながらこう考えていた。
変わる、か‥。
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雪は自分自身も変わったし、先輩もまた変わったと思っていた。
それは勿論良い方向に。
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空には満月が浮かんでいた。
雪は微笑みながら、もう一度彼にメールを打つ。
この一年で私達、相当変わったと思いません?勿論良い意味で。
やっぱりヒトは成長する生き物なのデスww
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そのメールを受け取った淳は、きょとんとした顔をしていた。
”変わる”というキーワードが、淳の心に引っ掛かる。
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しかしそこに考えを巡らす前に、後方で大きな声がした。
「早く私のデスクに来い!」
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課長はデスクをバンッと叩き、ミスをした部下を大声で呼んだ。
「どうして関数適用範囲が全部メチャクチャなんだ?!
リストを作成するとは思わなかったのか?!」
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その怒号はオフィス全体に響き渡り、そこに居た全員の視線が課長に注がれた。
課長はミスをした部下に向かって、早く来いと手招きをする。
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そんな中、課長は気がついた。
咎めを含んだ淳の視線が自分に注がれていることに。
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課長は苦々しい表情で淳から目を逸らした。
やがて淳も彼から目を逸らすと、課長の元に向かう人物の方をチラと見る。
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項垂れながらげんなりしているのは、淳の上司だった。
頭を抱えるその姿は、やはり想定の範囲内‥。
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全てが自分の思惑通りに進んで行く。
これまでも、きっと、これからも。
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先輩がやったんですか?
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チクリ、と胸を刺す。
不意に鼓膜の裏に響いた雪の声に、
キーボードを叩いていた指が思わず止まる。
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脳裏に浮かんで来る、彼女の眼差し。
まるで理解出来ないものを見るかのような、何か怖いものから身を引くかのようなー‥。
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けれど淳は思う。自分は何も変わっていないと。
今回だっていつも通り、上司が呼び出されるのを見越していた。
昔、雪が様々な人間に振り回されているのを見ていた時と、同じように。
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そして、”人は変わっていくもの”だとしたら、
これからの未来が変わる可能性もあるということだ。
今自分に向けられている彼女の笑顔が、無くなってしまう可能性だって‥。
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苦い気持ちが胸に広がり、淳の思考は過去を辿り出す。
欺瞞‥
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浮かんで来たのは、欺瞞というその言葉だった。
信じていた者に裏切られたあの時、淳は怒りで震えていた。
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その淳の姿を見て、目の前で息を飲む亮。
二人の間にある空気が緊迫する。
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そして淳は震える声で、亮に向かってこう言った。
「お前、”欺瞞”って言葉、知ってるか?」
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苦く重い感情。
出来るなら消したい過去の記憶。
淳はデスクの上に置いた手に視線を落とした。そこには亮と殴り合ったアザが、まだ残っている。
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自分の元から去って行く雪の背中が、再び浮かぶ。
あの時感じたあの感情が、淳の胸をきつく締め付ける。
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正直に話したら、また怒るだろう?
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ふと、脳裏に浮かぶ場面があった。
あれはちょうど一年前の、秋も深まった季節のこと。
笑いかけなきゃ、
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笑ってくれない‥
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彼女を無視していた去年。
いつしか彼女も自分を、無視するようになった。
互いへの態度が反映し合う、まるで鏡のようだった、あの頃の二人‥。
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けどしかし自分は、変わらないで居たからこそ、この現状があるのではないのかー‥。
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”人は簡単には変わらない”と、誰かの声がする。
淳はその声を聞きながら、昔の記憶を辿っているー‥。
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デスクの上に置いた、右手に視線を落とした。
この手が彼女の指先を掴んだ時から、運命が回り始めた‥。
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ふと顔を上げると、課長から残業を言い渡されたのか、項垂れる淳の上司が目に入った。
頭を抱え、肩を落としてトボトボと歩いて行く。
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淳は上司に声を掛けることなく、帰りの支度を始めた。
上司が今のような状態になるのは自業自得。自分はそれを俯瞰していたに過ぎない。
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自分が撒いた種に足を取られる人物を、もう何度目にしただろう。
淳は溜息を吐きながら、誰にも聞こえない位の小さな声で一人呟く。
「さぁ、どうかな‥」
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「君も俺も、変わってないだろう」
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”私達は変わった”と、雪は言った。
けれど淳は知っているのだ。
昔の罪悪感に今もずっと縛られている、彼女自身を‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<変わらない彼>でした。
この回はなんだか、考えれば考える程こんがらがるんですが‥。
とにかく淳は”変わる”ことをどこか恐れているのかな、と思いました。
自分は変わらないことを自覚し、そんな自分を晒せば雪が去って行ってしまう(今の関係が変わる)と思い、変われずにいる。
そんな感じでしょうか。
さて最後の方で淳が回想していたのは、一年前の学祭の準備で教室に集まった時の記憶ですね。
また詳しい回想は先の話で雪ちゃんがしますので、それまで詳細はお待ち下さいね~^^
*2015.8.1
先週更新分の本家のコマを追加致しました。先の話を読まないと内容がピンとこないところもありますが、
時系列でまとめることを優先させました。ご了承下さいませ。
次回は<先>です。
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昔のイノセントなイケメン風に戻ってえええええ!!(笑)筋トレし過ぎたか?!
ってシリアスな回なのに…(笑)
学生より社会人バージョンの先輩のほうがゲスさに磨きがかかると思いますが、先輩、ゆきちゃん同じ会社に呼ばない方がよくない?
てか、それまでこのカップルもつんか?って話ですかね(涙)
亮にボコられて以来、先輩の顔丸っこくなられましたが、まだ顔腫れてるんでしょうか。
lineの方の先輩とイケメンクオリティに差が。。
どうしてあんなになっちゃったんでしょうね先輩(号泣)
淳派の心を奪ったイノセントイケメンはいずこ‥!!
くうがさん
ゲスの極みイケメン(笑)上手いこと言いますね~
先輩がどうやって上司をあのような状態にしたのか詳しくはわかりませんが、
きっとお得意の「その人の弱点を巧みに利用して自滅へと持って行く」感じなんじゃないですかねぇ。
>先輩、ゆきちゃん同じ会社に呼ばない方がよくない?
でも同じ会社じゃないとチートラオフィスラブ編が見れないですよ!(あるんかい)