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雪はポケッとした表情で、そこに佇んでいた。
視線の先には、見たことのない部屋がある。
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雪を探していた淳も、彼女に続いてこの部屋に入って来た。
「ここに居たの?そろそろ行こうか」「一体いくつ部屋があるんですか‥一人暮らしなのに‥」
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雪はこの家の部屋数の多さに驚いていた。
パッと見狭そうに見えるこの家だが、迷路のように入り組んでいて、一体何部屋あるのか今も分からない。
(前回雪がここを訪れた時は、この部屋には入らなかったようだ)
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そういう造りなんだよ、と淳がニッコリと笑って言う。
そして淳は雪に、自分の腕時計コレクションを見せた。
「ひゃあ‥」
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それを見た雪は、思わず声を漏らした。高級そうな腕時計が、ズラリと並んでいる。
「これ全部でおいくら万円‥」
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そう言って目を剥く雪に、淳は「高いのはあんまりつけないけどね」と言って、
今自分がつけている腕時計を雪に見せる。
「最近は雪ちゃんに貰ったやつばっかりだよ。どれか一つあげようか?欲しいのある?」
「いえ‥結構デス‥」
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二人がそんなやり取りをしていると、不意に雪があるものに目を留めた。
「ん?」
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雪はその棚に近づきながら、不思議そうな顔をして彼にこう聞いた。
「あの‥どうしておもちゃを飾ってるんですか?」
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おもちゃ?と聞き返した淳だったが、飾ってあるラジコンカーに目を留めて、合点がいったという相槌を打った。
「あぁ‥。全部俺が小さい時に集めたものなんだ。
収集癖っていうか、色々なものを集めるのが好きで」
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そこには、サイン入り野球ボール、蝶の入った額縁、ラジコンカーなど、実に多様な物が並んでいる。
淳は続けた。
「けど色々集めても、結局いつかは終わりが来るだろう。
だから一番好きなものを一つだけ残して、後は整理してるんだ」
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幼い彼のコレクションの一片が、その棚にひっそりと飾られている。
先ほど目にした腕時計のコレクションのように、昔はきっと膨大な量のそれがあったのだろう‥。
「へぇ‥そうなんだ‥」
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雪はそう相槌を打ちながら、惜しい気持ちがしてこう口にした。
「う‥でもなんか勿体無い‥」
「いいんだよ。結局自己満足なんだし」
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雪はコレクション自体というより、それに掛かった費用が勿体無いと思っていたのだが‥。
それは口に出さないことにした。
「あれ?」
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続けて雪が見つけたのは、一冊の楽譜だった。「即興の瞬間」、シューベルトのピアノ曲。
雪はパラパラとそれを捲ってみた。
「あ‥楽譜もあるんだ」
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淳は雪の頭の上から、それに目を落としながら言う。
「あぁ、それね。俺の好きな曲なんだ」
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そうなんですか、と言いながら雪はもう一度表紙を見ていた。
「Moment musical」と書いてはあるが、雪はそれをよく知らなかった。
「あ、サインも入ってるじゃないですか」「うん。有名なピアニストなんだよ」
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うわぁ‥と雪は声を漏らしながら、その楽譜をマジマジと眺めた。
「先輩、ピアノにも興味があったんだ‥。
そういえば、クラシック好きって言ってましたもんね」
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以前、二人は「好きな曲」について話をしたことがあった。
そういえば彼は「運転しながらクラシックを聴く」と言っていた‥。
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すると淳は、少し言葉を濁しながら口を開いた。
「いやそれは‥」
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「亮にあげようと思って貰ったものなんだ」
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その言葉を聞いた雪は、目を丸くして固まった。
淳の口から河村亮の名前が出ると、わけもなく緊張する。
「そ‥そうなんですか‥?」「うん」
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ニコッと微笑んだ淳に向かって、雪は恐る恐る問い掛けた。
「でも‥どうしてあげなかったんですか?」
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淳は空を仰ぎながら、こう答えた。
雪の手から楽譜を柔らかに取り上げながら。
「‥それはもう時遅しだよ。色々な面でね」
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淳は楽譜を手に取ると、そのままパラパラとそれを捲った。
雪は取り上げられたその格好のまま、彼の横顔を見上げてみる。
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長い前髪のせいで、彼の表情はよく分からなかった。
しかし彼の発する空気から、今まで抱えて来たそのしがらみを仄かに感じる。
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雪は彼の横顔を見つめながら、彼と亮とのことに思いを馳せた。
やっぱり二人は‥
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単なる”高校の友達”程度の仲じゃなかったってことは聞いたけど‥
それよりはるかに特別な関係だったんだろう‥
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彼の手元に残っている、一冊の楽譜。
有名ピアニストのサインが入っているということは、そうそう手に入る物ではないだろう。
そして今でもそれを、彼は本棚の端に残しているのだ。
どうして‥これほどまでになってしまったんだろう‥
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淳と亮の関係がこじれた原因を、雪はまだあやふやにしか分かっていなかった。
そしてそんな思いを馳せる雪の前で、淳は楽譜を手に沈黙している。
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じわじわと、過去の記憶が淳の脳裏に蘇る。
あの時の、暗い記憶が‥。
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<彼のコレクション>でした。
彼の部屋に残った、彼を形作った様々な物たち。
蝶の入った額縁もラジコンカーも、そのエピソードが以前ありましたよね。
(野球のボールが気になりますね‥)
そして淳の本棚に残った、シューベルトの楽譜。
F. Schubert - Moment Musical Op.94 (D.780) No.3 in F Minor - Alfred Brendel
「Monent musical」小曲集の中で、「第三番」が一番好きだと淳は以前言っていましたね‥。
さて彼らの過去に一体何があったのか‥気になります。
そして淳の時計コレクションの見事なこと!
「高いのはあまりつけない」と言っていた淳を見て、一部のこの場面を思い出しました。
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健太さん‥淳はガチの金持ちでした‥。。
次回は<亮と静香>高校時代(11)ー三人の関係ーです。
過去編です。
河村姉弟カテゴリーですね。
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今の時点、最新の1話(他のよりかなり短いやつ)しか残ってないでしょ。
あ、新しい訪問者さんの中で本家のアドレスを知らない方々もいらっしゃるようで、失礼ですが本家へのリンクをここに書きます。
http://comic.naver.com/webtoon/list.nhn?titleId=186811
マイルールに則ったストイックな部屋。(植木や花は、いつも物思いに沈んでいるぼっちゃんを少しでも慰めようとの家政婦さんの独断。でもそれらには無頓着な淳くん、ということで・・・。)
その中の一室に、今の淳を形作った物たち、苦しかった思い出の品々が保管してある。
ケースの中の沢山の高級腕時計は、淳が自ら集めたものではなく、それらはすべて父から貰った物。
それらのプレゼントはいつも、亮・静香への物よりも小さく軽くて、いつの間にか父との軋轢のように時計は溜まってしまった。
もらった後数日は、父の前で着けたことがあるかもしれないけれど、それらの時計は淳にとっては何の価値もない物。ケースの中に、他人のものとして安置している。
(時計が一番無表情に、冷たくすました顔に見える針位置が10時10分だと思いました)
淳が大切にしているのは、母からもらったブルガリと、雪からもらった露店の時計だけ。
今、淳は、雪は自分とは違う人間だと知ってしまった。
雪からもらった大切な時計だったけれど、父の時計と一緒になった。
(それなので私は最初、淳は雪との別れを決めたのだと思いました。でも違いましたね。)
雪は自分とは違うと分かっても、雪だけは手放すことはできない・・・!
みたいなことかなと思いました。
それともこのコレクションルームは、もっと優しい、穏やかな思い出の部屋なのでしょうか・・・?
そして今回、この楽譜が亮への贈り物であったことを雪ちゃんに隠さなかったですね。今までの彼ならうまくごまかしそうなのに。それがちょっとうれしかったです^^
この後の過去編で、この楽譜を手に入れた経緯について触れられそうな気配を感じたので、その先の例の事件ももうすぐ明らかになりそうですね…。ドキドキ
そして本当にどうでもいい事ですが…、この日淳は仕事から帰って部屋着に着替え、出掛けようと黒シャツ&カーデに着替え、いたした後にまた別の部屋着に着替え、雪を送るため今度は水色シャツに着替えています。数時間の間に4回もお着替えを!
雪が着た服も合わせると、翌日うあはんは坊っちゃんの服を何着洗濯するのか…と、要らぬ心配…。
捨てずに置いてあった楽譜(とその他の品も)について、めぷさんととにきちさんの仰ることと、私の捉え方は違っていました。私は「(思い出を)捨てられなかった、処分しきれなかった」のではなく、「(そのときの辛かった嫌な出来事を覚えておくために)わざと残した」のかと思っていました。つまり、私は「一番好きなものを一つだけ残した」と言った淳の言葉が嘘だと思っていたのです・・・。
淳派なのに淳くんを信じられないなんて・・・。淳派破門ですね・・・。(T_T)
うあはんのお洗濯っ・・・!この洗濯量は旦那様に連絡したほうがいいのかしらとか、白目になっている姿が浮かんで笑!です!(^^ゞ
だから邪魔な存在の亮も…(あれ?さっきと言ってる事が逆だな…)
私は想像力が乏しいので、想像力豊かなどんぐりさんのコメントはいつも驚きがあって楽しいです^^。(亮さんがハエを掴むシーンの解釈とか好きでした。)
チートラは穿った見方をしてこそ楽しめるマンガだとも思うので、これからも深い解釈のコメント楽しみにしています。
いや~ついに追いつきますね~。早いものです。
どんぐりさん
解釈は人それぞれですし、反省なんてとんでもない!
読み手の好きなように解釈出来るのがチートラの魅力なのですから!^^
私は、このコレクションルームは淳の「自己肯定が詰まった部屋」なのかな~とほんのり思いました。
種類別にコツコツ集める癖も、「思い通りに動くラジコンカー」も「思い通りにならなかった額縁と蝶の標本」も、その思い出の苦い楽しいに関わらず、全てを「良し」とする淳の自己肯定が感じられるな、と‥。
「一番大事なものだけ残す」のも、まるでその思い出の品にまつわる象徴的な出来事の付箋であるようで、どうにも純粋に「幼い淳の思い出コレクション」とは見れない自分が居ます‥^^;
めぷさん
あの楽譜については、めぷさんのご意見(楽譜を残しておいた=まだ亮のことを捨てきれない)と、上に述べた私の意見(自分は間違ってないから捨てる必要は無い)とで、今のところ私の中では真っ二つに割れてる状態です^^;
先のストーリーを読まないとなんとも分かりませんが、個人的にはめぷさんの解釈の方であってほしいな、と思っています‥。
とにきちさん
お着替え王子‥!確かに何回着替えとんじゃーって感じですよね^^
あ、でも雪ちゃんのコーヒーついちゃった服を既に洗濯してますから、その時先輩の服も一緒に洗濯してるかもですよ?!ですので明日うあはんが目にするのは先ほど着ていた茶色の部屋着と、今着ている水色シャツほどになるのかも‥。証拠を残さないジューン!恐ろしい子‥!笑
>「一番大切な雪さえいれば、他の人達は排除しても構わない」
これはこだわりと無関心が顕著な淳ぽいですね~^^
自己肯定感といえば響きはいいですが、私は「自分は本当にこれが好きだったんだ」っていう言い訳の証のようにも感じられました。
決して他の人から取られたくなかったっていう独占欲ではなかったのだと父親も自分もごまかしているような感じがします。
独占欲だってあって当たり前なのにそれを否定されてきたのは可哀想ですよね。
いや〜久々に読みましたが、このあたり良いですよねぇ。先が分からないからこその解釈の多様さも、推しを信じきれないどんぐりさんの葛藤とか…(どんぐりさんお元気ですかーっ)
自己肯定感が「自分はこれが好きだった」という言い訳の証、という解釈、面白いです!
幼い頃から人並みの感情は取り上げられ、聖人君子であれと強制させられてきたんですものね…そりゃ歪むわ…。