私は‥愛情も、成績も、友達も‥
何一つとして簡単に手に入れたものは無いよ
傷だらけの雪が苦しげに口に出したそんな言葉を、青田淳は口を噤んだままじっと聞いていた。
彼女が重たい荷物を抱え佇む姿に、どこか既視感を覚えながら。
雪と香織の喧嘩を遠巻きに見ていたギャラリーの中にも、雪の言葉に同調する子らが顔を見合わせて頷いていた。
勿論首を捻って眉を顰める子も沢山居たが。
無言のまま、暫し俯いていた香織。
ふとその傷ついた顔を上げて、周りの人達を見回した。
淡い恋心を抱いていたあの男の子は、香織と目が合った途端ビクッとして固まった。
後ろに居る女の子も、目を丸くしている。
違う方向を向くと、目が合った同期は苦い顔をして背を向けた。
ヒソヒソ、ヒソヒソと、座り込んだ香織の耳に彼らの囁きが聞こえて来る。
もう行こ‥これ以上見たってしゃーないし。 マジでおかしいんじゃない?
彼氏とか全部ウソかよ 気でも狂っちゃったんじゃね?
目の前に広がる暗闇の空間に、ぼやけて響く心無い言葉たち。
先ほどまで、自分を囲んで賑やかだった空間が嘘みたいだった。
暫し愕然とする香織に向かって、直美が怒りながら声を荒げた。
「マジで呆れるわ‥!私のことからかって楽しかった?」
早足で教室を後にする直美の後ろを、横山が「くるくるパー」のジェスチャーと共に通り過ぎて行った。
「アイツいつかこうなると思っていた」と、そう直美に声を掛けながら。
お姫様のようだと言われたピンクのワンピースはボロボロになり、
腰の辺りで結んでいた可愛いリボンも、靴跡や埃で黒ずんでしまった。香織は震えながらそれに手を伸ばす。
一方雪の周りでは聡美が退室を促し、太一が雪の傷を見て薬局に行こうと提案している。
蓮が淳に、ご飯の約束はまたの機会にして下さいと申し訳無さそうに口にすると、淳はそれどころじゃないもんねと言って頷く。
そんな蓮に向かって雪は、早く家に帰んなさいと喝を入れた。
香織の方へ振り返ってみると、彼女は震えながら鞄や散らばった荷物を必死に拾い集めていた。
その惨めな姿を前に、雪は暫し立ち尽くした。
「あー‥うちら廊下出てるから。片が付いたら出ておいでね」
聡美はそんな雪の姿を見て、彼女にそう声を掛けた。雪の鞄や帽子を持ち、太一と共に廊下に出る。
「あースッキリした!雪ってばあの子より手数多かったし!」「か、数えてたんスか?」
そんな会話を繰り広げる聡美と太一の後ろで、柳が淳に向かって言った。
大人しいと思っていた清水香織が、あんなことをするなんて想像も出来なかったと。
淳は澄んだ瞳で微笑むと、「そうだな」と口を開く。
そして淳は真っ直ぐ前を向きながら、こう言った。
「他人のことに欲深くなるほど、人は歪んで行くものだよ」
「そして奪われる側の気持ちは、誰も考えてくれないんだ」
淳のその言葉を、柳は隣で目を丸くして聞いていた。
一体彼は誰のことを言っているのかー‥?
教室には、もう雪と香織しか残っていなかった。
まだ荷物に手を伸ばしている香織の前に雪は立ち、静かに口を開く。
「‥もうウンザリよ。どうしてこんなにまでなったのかは分からないけど、
私だって、こうして戦うことを望んだわけじゃない」
「‥とにかく去年のあんたは、平井和美から助けてくれた良い同期だった‥」
ピクッと、その言葉に反応して香織の手が止まった。
去年の自分が、あの冴えない自分の姿が、香織の脳裏に蘇る。
香織はギリッと歯を食い縛りながら、憎しみを込めて口を開いた。
「‥それで?」
「あの時の私は、あんたも他の子達も、名前も覚えてないほどつまらない子だったのに‥。
あの時の私の方が今より良かったって?」
「結局私が昔みたいにならないと満足しないんでしょ?!あんたは!
それで私を踏みにじろうと‥!」
大粒の涙をいっぱいに湛えて、香織は憎しみの篭った瞳で雪のことを睨みつけた。
自身のプライドも、築いたものも、さきほどまで自分の周りに居た取り巻きも、皆自分の手から零れて行ってしまった。
それでもまだ彼女は、それは雪のせいだと思っているのだ。
雪は恨みの燃えた瞳で香織から睨まれながらも、彼女が口にした言葉に単純に違和感を持った。
自分が感じたことをありのまま、雪は香織に向かって口に出す。
「‥それで?あんたは今の自分で満足なの?」
「私はこれからずっとあんたのことを、”嘘つきで真似っ子の清水香織”と記憶していくのね」
それでいいなら構わないわ、と雪は言い残して香織から背を向けた。
早足で雪は、聡美や太一の待つ廊下へと歩いて行く。
広い教室にたった一人、ボロボロになった香織を残して。
崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。
憧れていた城を模倣して作った自分の城。それを再び作り直す力など、彼女には無かった。
俯いた彼女の瞳から、後から後から涙が零れて行く。
香織は誰も居なくなった教室で、一人声を上げて号泣した。
残ったものなど、何も無かった。
いつも絶望を救ってくれた魔法も、もう効かなかった。
雪はもう廊下を歩き出していた。待っている仲間の元へと向かって。
香織はただ突っ伏して泣き崩れていた。肩を抱いてくれる人は誰も居ない。
崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。
そこからまた作って行けるかどうかなんて、今は誰にも分からない‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<砂の城(6)ー残ったものー>でした。
長かった砂の城シリーズも今回で終りとなります。
そして清水香織が引き起こした厄介事の数々も、一旦ここで決着がつきました。
しかし激しい最後でしたね‥そして香織は、なんと惨めな姿で終わったのでしょう‥。
結局嘘と見栄と模倣を重ねた香織の周りには誰もいなくなり、
苦しい思いをしながらもその関係に真っ直ぐ向き合って来た雪の周りには沢山の人が残った‥。
そんな対比を色濃く感じる最後でしたね。
香織が自分の生き方をちゃんと見つけて、新しい道を歩き出すことが出来ることを願います。
次回は<正直>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
何一つとして簡単に手に入れたものは無いよ
傷だらけの雪が苦しげに口に出したそんな言葉を、青田淳は口を噤んだままじっと聞いていた。
彼女が重たい荷物を抱え佇む姿に、どこか既視感を覚えながら。
雪と香織の喧嘩を遠巻きに見ていたギャラリーの中にも、雪の言葉に同調する子らが顔を見合わせて頷いていた。
勿論首を捻って眉を顰める子も沢山居たが。
無言のまま、暫し俯いていた香織。
ふとその傷ついた顔を上げて、周りの人達を見回した。
淡い恋心を抱いていたあの男の子は、香織と目が合った途端ビクッとして固まった。
後ろに居る女の子も、目を丸くしている。
違う方向を向くと、目が合った同期は苦い顔をして背を向けた。
ヒソヒソ、ヒソヒソと、座り込んだ香織の耳に彼らの囁きが聞こえて来る。
もう行こ‥これ以上見たってしゃーないし。 マジでおかしいんじゃない?
彼氏とか全部ウソかよ 気でも狂っちゃったんじゃね?
目の前に広がる暗闇の空間に、ぼやけて響く心無い言葉たち。
先ほどまで、自分を囲んで賑やかだった空間が嘘みたいだった。
暫し愕然とする香織に向かって、直美が怒りながら声を荒げた。
「マジで呆れるわ‥!私のことからかって楽しかった?」
早足で教室を後にする直美の後ろを、横山が「くるくるパー」のジェスチャーと共に通り過ぎて行った。
「アイツいつかこうなると思っていた」と、そう直美に声を掛けながら。
お姫様のようだと言われたピンクのワンピースはボロボロになり、
腰の辺りで結んでいた可愛いリボンも、靴跡や埃で黒ずんでしまった。香織は震えながらそれに手を伸ばす。
一方雪の周りでは聡美が退室を促し、太一が雪の傷を見て薬局に行こうと提案している。
蓮が淳に、ご飯の約束はまたの機会にして下さいと申し訳無さそうに口にすると、淳はそれどころじゃないもんねと言って頷く。
そんな蓮に向かって雪は、早く家に帰んなさいと喝を入れた。
香織の方へ振り返ってみると、彼女は震えながら鞄や散らばった荷物を必死に拾い集めていた。
その惨めな姿を前に、雪は暫し立ち尽くした。
「あー‥うちら廊下出てるから。片が付いたら出ておいでね」
聡美はそんな雪の姿を見て、彼女にそう声を掛けた。雪の鞄や帽子を持ち、太一と共に廊下に出る。
「あースッキリした!雪ってばあの子より手数多かったし!」「か、数えてたんスか?」
そんな会話を繰り広げる聡美と太一の後ろで、柳が淳に向かって言った。
大人しいと思っていた清水香織が、あんなことをするなんて想像も出来なかったと。
淳は澄んだ瞳で微笑むと、「そうだな」と口を開く。
そして淳は真っ直ぐ前を向きながら、こう言った。
「他人のことに欲深くなるほど、人は歪んで行くものだよ」
「そして奪われる側の気持ちは、誰も考えてくれないんだ」
淳のその言葉を、柳は隣で目を丸くして聞いていた。
一体彼は誰のことを言っているのかー‥?
教室には、もう雪と香織しか残っていなかった。
まだ荷物に手を伸ばしている香織の前に雪は立ち、静かに口を開く。
「‥もうウンザリよ。どうしてこんなにまでなったのかは分からないけど、
私だって、こうして戦うことを望んだわけじゃない」
「‥とにかく去年のあんたは、平井和美から助けてくれた良い同期だった‥」
ピクッと、その言葉に反応して香織の手が止まった。
去年の自分が、あの冴えない自分の姿が、香織の脳裏に蘇る。
香織はギリッと歯を食い縛りながら、憎しみを込めて口を開いた。
「‥それで?」
「あの時の私は、あんたも他の子達も、名前も覚えてないほどつまらない子だったのに‥。
あの時の私の方が今より良かったって?」
「結局私が昔みたいにならないと満足しないんでしょ?!あんたは!
それで私を踏みにじろうと‥!」
大粒の涙をいっぱいに湛えて、香織は憎しみの篭った瞳で雪のことを睨みつけた。
自身のプライドも、築いたものも、さきほどまで自分の周りに居た取り巻きも、皆自分の手から零れて行ってしまった。
それでもまだ彼女は、それは雪のせいだと思っているのだ。
雪は恨みの燃えた瞳で香織から睨まれながらも、彼女が口にした言葉に単純に違和感を持った。
自分が感じたことをありのまま、雪は香織に向かって口に出す。
「‥それで?あんたは今の自分で満足なの?」
「私はこれからずっとあんたのことを、”嘘つきで真似っ子の清水香織”と記憶していくのね」
それでいいなら構わないわ、と雪は言い残して香織から背を向けた。
早足で雪は、聡美や太一の待つ廊下へと歩いて行く。
広い教室にたった一人、ボロボロになった香織を残して。
崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。
憧れていた城を模倣して作った自分の城。それを再び作り直す力など、彼女には無かった。
俯いた彼女の瞳から、後から後から涙が零れて行く。
香織は誰も居なくなった教室で、一人声を上げて号泣した。
残ったものなど、何も無かった。
いつも絶望を救ってくれた魔法も、もう効かなかった。
雪はもう廊下を歩き出していた。待っている仲間の元へと向かって。
香織はただ突っ伏して泣き崩れていた。肩を抱いてくれる人は誰も居ない。
崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。
そこからまた作って行けるかどうかなんて、今は誰にも分からない‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<砂の城(6)ー残ったものー>でした。
長かった砂の城シリーズも今回で終りとなります。
そして清水香織が引き起こした厄介事の数々も、一旦ここで決着がつきました。
しかし激しい最後でしたね‥そして香織は、なんと惨めな姿で終わったのでしょう‥。
結局嘘と見栄と模倣を重ねた香織の周りには誰もいなくなり、
苦しい思いをしながらもその関係に真っ直ぐ向き合って来た雪の周りには沢山の人が残った‥。
そんな対比を色濃く感じる最後でしたね。
香織が自分の生き方をちゃんと見つけて、新しい道を歩き出すことが出来ることを願います。
次回は<正直>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
淳も雪も努力の上に色々なものを手にしてると思わせる回ですね。
しかし清水香織は最後まで闘争心剥き出しでしたね…
そして誰もいなくなった
戻るところや味方がいる雪との差異がくっきり浮かび上がった終焉でしたね
しかししぶとかった
パワポ丸写し事件のあとのうのうとしてられる位でしたもんね
普通あそこで折れるでしょうに
しかし直美も散々けしかけといてあっさりその台詞
ほんと勝手なオンナです
私も結構人を羨んだり責任転嫁しがちなひとなので清水香織みたいにならないようにしないとですね…(・・)清水香織、ムカつくー!と思いつつも最後はやっぱり少しだけかわいそうになってしまいました。(自分を見てるようで…)
雪ちゃんが聡美や先輩と今の関係になれたのはたくさんの悩みと決断する勇気があったから。チートラほんと深い。
これからも楽しみです
誰より香織や横山にイライラしながら書かれたはずです(T_T)
でも今回の雪を見て『同じ土俵に上がってはいけない』の意味がよくわかりました。
雪を見てカッコ悪いと感じてしまいました。
私も現在隣のおばさんに嫌がらせされてますが、やはりこのまま相手にしないを選びます笑
本当に毎日の楽しみをありがとうございます。
結局最後まで香織は自分の間違いに気付かなかったんですよね‥。最後の号泣も、「私ばっかりなんでこんな目に」みたいな気持ちが強いんだと思います。
こっから改心するのかどうか‥わかりませんね。
そしてこの記事の上から3コマ目、直美の死んだ魚のような目が怖いです^^;
あ、重複コメ消しておきました~
沢奈さん
ありがとうございます、波乱の砂の城シリーズもようやく終わりを迎えました。
そして沢奈さんの
>私も結構人を羨んだり責任転嫁しがちなひとなので
という自分自身を客観視出来ている時点で、香織とは似ても似つかぬ程よく出来たお人だな‥!と思いました^^
武山さん
香織にイライラさせられたでしょうに、毎日記事を追いかけて頂いてありがとうございました。
隣のおばさんが嫌がらせを‥!(@@)
嫌ですね‥何が目的なんですかね‥。青田淳を召喚して裏でコッソリ成敗していただきたいですね(笑)
自業自得なんでしょうけどねー
弱い子だから、他の意地の悪い子と違って、まだ白紙だった時期が有るから、唯雪ちゃんをしたっていた時に、妄想を持つ前に(きっと妄想も自己防御だったのだから)、雪ちゃんが少し愛を分けて肩を押してあげれば違った結末になったのでは
なんて思うのは雪ちゃんには重荷だろうなー
余程犬好きで無ければ怯えて噛み付く犬に手は差し伸べ無いもんねー
それで保健所で始末される犬を見る様な、なんか切ない気分でした
変なことする人は相手にしない。同じ土俵に上がらない。これが1番ですよね。本当難しいのだけど。(武山さんの隣人、どうか早く自分の行いが浅ましいと気づいてくれますように。)
真似してぬすんで近づいたって所詮、偽物でしかないし。
本物は本物らしく堂々としていれば、あとは、周りが自然と判断してくれるものではないかなぁと思ってたんですが。(そうでもなかったか。)
偽物相手に労力を使うなんて、まして教室でギャラリー多数の中で取っ組み合いてどうなんだっ??と。。
清水さんは、これまで散々問題アリアリなことしてきたので、なにをしたって自業自得って思えるところが多いですが、
雪ちゃんについては、正直なところ、こんなことになっちゃって、、なんだかなーって思うところがあります。
いまさらって話ですが、やっぱり、雪ちゃんの、変なことする人の対応がマズかったところもありますよねー。横山にしても。
そして、直美さん、それはないだろっ!私も思いましたよ。さんざん煽って、おだてといて。直美さんについては、今後よい方向に…とかないな私。どうぞご自由に。
今回も、セリフの訳はもちろんですが、セリフのないところにもそれぞれの思いや、状況が伝わってきて、入り込んで読んでいました。そして、最後に崩れた砂の城、よくぞこんなピッタリな画像を…。砂の城編、面白かったです。お疲れ様でした。いつもありがとうございます本当に。
レポート事件ではまだ足りなかったという、ここまでの徹底的な挫折が求められたのは、他人のせいにして生きていく生き方を突き詰めた先の姿を描く必要があったから、な気がします。どこでミンスは、魂を悪魔に売り渡し、帰ってこれない橋を渡ったのか。そんなことを思いながら、憑き物が落ちて我に返ったミンスの「転落」を振り返ることが、ようやく可能になりますね。
砂の城編、すごく楽しく見させて頂きました!yukkanenさんの砂の城の絵や、二人の会話で字が大きく書かれている所ではよりリアルに感情が伝わってきましたし、漫画だけではここまでじっくり考えて読むなんて出来なかったです。