私の趣味は食べることとお笑いを見ること。
ライフワークは小説を書くこと。
です。
今日は小説を書いている、って話。
昨年末に、同じ時期に小説のお教室に入った人が
小説賞の大賞を取りました。
それも新人賞の中ではトップのやつ、です。
賞金もえげつないですし、
必ずヒットし、映画化され、っていう賞です。
すでに密着されたり、ベストセラーになっている、とか。
凹みました。動揺し打ちのめされた、という表現が正しいでしょう。
もちろん才能に差はあったに決まっています。
ただ隣に座っていた人がボンッとスターになったのです。
嫉妬という簡単な言葉で片付けられるものではない。
そこには尊敬や称賛も混じっていて、すごいなぁって拍手する一方で、
くっやし!という感情もあって、すごく変なはじめての感情でした。
で、これかぁ、ってちょっと思ったんです。
私は三十年以上お笑いを見続けており、
M-1という賞レースが始まって、さらに舞台裏を見せるようになり、
悲喜こもごもをサカナに酒を飲んできました。
M-1という漫才賞は、必ずドラマが生まれて、辛い思いをしている芸人さんがたくさんいる。
優勝以外の人はみんな悔しい。
才能で負ける感情を、
少しだけ、私も味わえたんじゃないかな、って思いました。
それまで、私はダラダラと小説を書きながらも、
これ書いてて何かになるんか?
と思っていました。
でも、その人が賞をとったことで、何かになる可能性があるんだ!と実感した。
M-1と重ねちゃって、違うだろ、とも思いますけど。
でも、勝手に分析したり、言いたい放題だったりしたことが今私にブーメランになって返ってきてます。
M-1は約5000分の1。
小説賞も、ピンからキリまでありますが、同じくらいの倍率のものも余裕でありますし、それ以上もあります。
100分の1だとしても、その中に東野圭吾や宮部みゆき級の才能がいたら、
絶対に取れません。
そして、それでもなお、
絶対に1位を取りたいと思っている人じゃないと、
取れないに決まっている、ということです。
たまたま書いていて取れるなんて人は前述の作家さんたちのような
ナチュラルボーンの才能を持った人たちで、
凡人である私にその闘い方は無理なんです。
自分だけのオリジナルのものを、面白いと思うものを
ハイクオリティの技術で書き上げて、なお、賞を絶対に取るという自信がなくちゃ
なんともダメなのよねー。
あー、書こうってなった。
ようやく年末のできごとを咀嚼して書けた。
いい経験になった。生きているって感じです。
寿命縮まったかもしれません。