事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「梶山季之 最後の無頼派作家」大下英治著 さくら舎

2024-05-13 | 本と雑誌

梶山の名前を知っているのはわたしの世代が下限だろうか。45才で亡くなったのが1975年なので、わたしの年齢ですら彼の作品にふれる機会はなかった。まあ、梶山を読んでいる中高生ってのも怖い。

創刊したばかりの週刊文春にトップ屋として所属し、数々のスクープで売り上げに貢献。「黒の試走車」「赤いダイヤ」などの経済小説で名をあげ、後年はひたすらに書きまくり、月に千枚以上も書いていたとか。おかげで文壇の高額所得番付でトップに君臨した。なにしろ彼の作品はよく売れたらしい。

同時に私生活も破天荒で、朝から飲み始め、夜は必ず愛人にまかせていた銀座のバーに“出勤”。それからも延々と飲み続ける。愛人の数も明らかにされていないが、大下は二人だけは書いてもいいとされたようだ。実際にはもっともっと色々とあったようだが、奥さんの生前はさすがに出版できなかったとか。

若いころから結核に悩み続け、しかし死因はやはり肝臓。

これだけ売れた作家だったのに、文学賞とは無縁。そのことに屈託もかかえていたようだ。

現在の作家だと、ほぼ月刊である中山七里に驚いていたが、梶山はそのはるか上をゆく執筆量。しかもほとんど直しもなく編集者に手渡されている。まさしくプロ、まさしく無頼派、というより破滅型。この評伝によって、彼の再評価がすすむことも十分に考えられる。現在もなお、たくさんの作品が現役であることがその証左だろう。

そしてこの評伝を読みながら、わたしの酒量なんかまだまだ甘い、上には上がいると感服。というか安心してしまったわたしはやはりどうかしている。

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今月の名言2024年4月号PART3 ネネ

2024-05-02 | 本と雑誌

PART2「わたしの娘は左利き」はこちら

「読む人を阻害しない小説にしようと気を使って書きました。この小説に出てくる人たちは、あなたを否定しない。読んで、人と関わることってそんなに悪いものじゃないと思ってもらえれば」

水車小屋のネネ」で本屋大賞第2位となった津村記久子さんのことば。あ、そうか。本屋大賞はこの作品で鉄板だと思ったが、上には上がいたか。

本屋大賞のランキングは……

大賞 525.5点「成瀬は天下を取りにいく」宮島未奈(著)新潮社

2位 411点「水車小屋のネネ」津村記久子(著)毎日新聞出版

3位 403点「存在のすべてを」塩田武士(著)朝日新聞出版

4位 340点「スピノザの診察室」夏川草介(著)水鈴社

5位 263点「レーエンデ国物語」多崎礼(著)講談社

6位 258.5点「黄色い家」川上未映子(著)中央公論新社

7位 227点「リカバリー・カバヒコ」青山美智子(著)光文社

8位 172点「星を編む」凪良ゆう(著)講談社

9位 148点「放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件」知念実希人(著)ライツ社

10位 131.5点「君が手にするはずだった黄金について」小川哲(著)新潮社

……2位と3位は読んでいて、でも大賞作品を読んでないのはくやしいな。それにしても凪良ゆうは毎年強いんだなあ。川上未映子はもっと上に来ると思ったのに。にしても……

「なにも全部の順位を発表しなくてもねえ」と書店員に。

「ですよね。小川哲は怒ったんじゃないかなあ(笑)」

とりあえず、1位と2位はうちの図書館にそろっています。

 

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「あのとき売った本、売れた本」小出和代著 光文社

2024-04-18 | 本と雑誌

書店員にドラマあり。

それはいいんだけど、この本を他の店の書店員が読んだら激怒するんじゃないかなあ。というのも、この小出さんは紀伊国屋書店本店の文芸の棚を担当。大手だから取次から配本がないとかいう心配もないし、人気作家もサイン会に来てくれる、出版社の営業も低姿勢……その対極にいるのが地方の中小零細書店だから。

でも、大手には大手でいろいろと苦労が。なるほど。

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「チャンバラ」佐藤賢一著 中央公論新社

2024-04-09 | 本と雑誌

地元作家、佐藤賢一による宮本武蔵伝。意外なことに技術としての剣術が徹底して描かれる。

たとえば巌流島。佐々木小次郎を倒すために武蔵が繰り広げる小細工の数々。奸計と断言できるほど卑怯なテクニック。わたしは佐藤のあまりいい読者ではなかったけれど、こういう時代小説ならまた読んでみたい。いやはや面白かった。

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マイベスト2023 非ミステリ篇

2024-03-15 | 本と雑誌

ミステリ篇はこちら

それでは続いて非ミステリ篇を。

1 「水車小屋のネネ」津村記久子著 毎日新聞出版

2 「幽玄F」佐藤究著 河出書房新社

3 「地図と拳」小川哲著 集英社

4 「水 本の小説」北村薫著 新潮社

5 「街とその不確かな壁」村上春樹著 新潮社

6 「マイ修行映画」みうらじゅん著 文藝春秋

7 「本売る日々」青山文平著 文藝春秋

8 「心のおもらし」佐藤二朗著 朝日新聞出版

9 「八月の御所グラウンド」万城目学著 文藝春秋

10 「霜月記」砂原浩太朗著 講談社

この十冊は本当に面白かった。おそらく「水車小屋のネネ」は本屋大賞を確実にとるだろう。だってこれこそが書店員が売りたいと思わせるどまんなかの小説だからだ。登場するネネが長寿であることを利用し、ある姉妹の半生をみごとに描いている。

「幽玄F」はミステリのくくりでもよかったはずだけれど、冒険小説と三島由紀夫を融合させるというアクロバットはさすがだ。

「地図と拳」の次に「君のクイズ」を書く小川哲ってどんな才能だろう。

青山文平、村上春樹、万城目学、砂原浩太朗などの“わたしのレギュラー陣”に割って入ったのがみうらじゅんと佐藤二朗。この二冊には本当に笑わせてもらいました。

2023年は、痛風の痛みなどに耐えながら155冊読んでいました。すごくレベルの高い年だったと思う。

キネ旬ベストテン篇につづく

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「その昔、ハリウッドで」クエンティン・タランティーノ著 文藝春秋

2024-03-11 | 本と雑誌

タランティーノ本人による「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のノベライズ。といってもあの映画とは微妙に、というか大幅にストーリーは変わっている。

映画における印象深いシーンは、レオナルド・ディカプリオが演じる盛りを過ぎたスターが、撮影の合間に子役の娘と語りあい、いきなり泣き出してしまうくだり。このあたりは小説のなかでもみごとに描かれている。

ところが、ブラッド・ピットが演じるスタントマンが、狂信者の群れであるマンソン・ファミリーが寄宿する牧場で壮絶なバトルをくりひろげるエピソードはあっさりと描かれるだけ。

ネタバレになるので微妙なのだが、映画はマンソン・ファミリーがロマン・ポランスキーの自宅に侵入し、奥さんのシャロン・テート(マーゴット・ロビーが演じていた)を惨殺する実話がもとになっている。この、昔々ハリウッドで起こった事件はあまりにも有名なので、だからあのラストが成立したのだ。

ところが、この小説では……これは内緒にしておきましょう。

それにしても面白い小説だ。読み終えたくない、と痛切に思った。戦争で日本人を殺しまくったスタントマンが、アメリカ人にしてはめずらしく外国映画ファンで、三船敏郎や黒澤明に傾倒していくなど(彼がジャップを殺しているからこそ)日本人としてうれしくなってしまう。

同時に、アントニオーニやベルイマンは退屈、と結論付けるあたりは無類の映画ファンであるタランティーノの評価でもあるのだろう。

最初から最後まで、映画映画映画な作品。これを読むために長いこと映画を観続けてきた、と思えるほどの面白さ。

巻末の池上冬樹さんの解説で、映画とこの小説を組み合わせたのが“完全版”だろうとされているのに納得。こりゃ、映画をもう一回観なければ。

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「極楽征夷大将軍」垣根涼介著 文藝春秋

2024-03-07 | 本と雑誌

足利尊氏と足利直義の兄弟、そして高師直、後醍醐天皇、楠木正成のお話とくれば、これはもう「太平記」だ。面白くないわけがない。わたしにとってのベスト大河ドラマは真田広之が尊氏を演じた「太平記」だし。

おかげでわたしはこの直木賞受賞作を、あの大河のキャストを思い出しながら読んだ。高師直に柄本明、後醍醐天皇に片岡孝夫(今の仁左衛門)、佐々木道誉が陣内孝則なのはイメージどおりなのだけれど、この小説の尊氏に真田広之はどうにもそぐわない。

めんどくさいことが大嫌いで、およそ自分の意思というものを持たない極楽とんぼ……そう、ぴったりなのは「鎌倉殿の13人」で源頼朝を演じた大泉洋です!そう感じた人はきっと多かったと思う。

話の中心は足利兄弟。語り手は直義で、自分よりもはるかにいいかげんな兄が、なぜいくさに強いのか、なぜまつりごとをうまく回していけるのか、と考えこむ。

この兄弟は次第に離反していく。それでもなお兄弟愛を最後まで失わないあたりの運びは読ませます。

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「トゥデイズ」長嶋有著 講談社

2024-02-07 | 本と雑誌

静かな日常を描いて、もう長嶋有にかなう人はいない。

“今日”の連なりが日常であることをしみじみと感じさせてくれる。一日、どころか一瞬を切り取って登場人物たちの心を描いて万全。コロナによってわたしたちの生活がいかに歪められたのかを活写した傑作。

そう、わたしたちは歪められたのだ。

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「朝星夜星」朝井まかて著 PHP研究所

2024-01-26 | 本と雑誌

日本初の洋食屋を長崎で開き、大阪でホテルを開業した草野丈吉と、妻のゆきのお話。

いつもの朝井まかてと違い、どうも主人公が感情移入しづらい人間なのでちょっとしんどいかな。まあ、牧野富太郎はもっととんでもなかったのに「ボタニカ」は面白かったのだからよくわからないですが。

五代友厚、岩崎弥太郎、陸奥宗光など、朝ドラや大河ドラマでおなじみの面々が意外にキャラが立ってないのもなぜだろう。

松子、竹子、梅子という(まるで犬神家の一族のような)お妾さんたちが最後に泣かせる仕掛けはすばらしかったですけどね。

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「ともぐい」河崎秋子著 新潮社

2024-01-23 | 本と雑誌

明治後期の北海道。狩猟によって生きている熊爪という男が、すでに人を屠っている熊と激突する。そしてタイトルが「ともぐい」

……となれば、獣のように生きる男と、神性すらおびる熊の、共食いの話だと誰だって思う。いや実際に熊と男の駆け引き、殺し合いは息詰まる圧倒的な描写の連続で、そこだけでもみごとな小説だと思う。でも、後半は思いもよらない展開を見せる。

「釧路の近くに、白糠ってとこはある?」

妻は釧路から酒田に来たのだ。

「あるわよ。お姉ちゃんの初任地がその近く」

高校教師だった義姉がそこにいたのか。

「不便なところでねえ」

熊爪が住むのは、その白糠からも離れた山中。

日露戦争直前のその地域は、次第に産業構造が変化しているのだが、それに気づかずにいる人物も登場し、味わい深い。そして、盲目の女性が現れ……

誰もが驚くラストだと思う。共食いの果てに、最後に生き残る存在がすばらしい。直木賞は当然だったでしょう。

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