ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

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2018-01-16 | アメリカ事情

 

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系図調査で起こる偶然や、セレンディピティや、あるいは説明のつかないことは、しばしば起こり、ほとんどの調査する者は経験がある。下はそのひとつ。


夫と私はウェールズへの旅をしていました。ペンブロクシャイアのハヴァフォードウェストを散歩していた時、博物館があるのを見て、中へ入ってみることにしました。中に入ると、私は記録保管室を見つけました。その博物館に入って、いちかばちか、そこの記録保管室を除いてみましょうと私は夫に言ったのでした。私は高祖母の母が、ペンブロクシャイアの生まれと知っていたので、彼女の家族についてのなにかを探せるかもしれないと、期待したのでした。

その部屋は、たいへんに小さく、混みあっていました。数分私は座っていましたが、誰も私に気づかないようなので、あたりを見回し、アルファベットが外に書いてある索引カードファイルを見つけました。そこに何があるのか、全くわかりませんでしたが、何かしたかったのです! 私は、ファイルBを引き出すと、そこにJohn Broadジョン・ブロードと、私の高祖父の父の生年月日の書いてあるカードを見つけました。そのカードには他に、関係なさそうな備考が書いてありました。

記録保管室係員の注意をあおぎ、祖先を見つけたが、カードに書いてあることはなんのことかわからない、と告げました。「それは牢獄の囚人記録です。普通そこで最初に人々は探しませんが。」と言いました。

その建物はかつてその地方の牢屋だったように見えました。そのカードは、ジョン・ブロードが牧師の説得によって、自らの家族を見捨てたかどで、自首してきたのです。それは仕事が一つ所に順当にあるわけではなく、遠くへ旅をして糧を稼ぐことが頻繁だった時によくあったことでした。係員は、さいさきの悪い始め方に屈さない私を見て、私の調査に興味を持ち、ジョン・ブロードのマーガレット・ギボンとの婚姻記録を探してくれました。それまで私は、マーガレットの姓を知りませんでした。

皮肉なことに、高祖母の父親が一時的に家族を見捨てたことが、私を彼の家族(両親や兄弟姉妹)へ導いてくれたのです。そのため、彼が囚人だったことは、見過ごせるのです。

 (ジャネット・スミス、アリゾナ州)

ーIn Search of Our Ancestors, by Megan Smolenyak

http://www.ecastles.co.uk/haverford12.jpg

 Haverfordwest Town Museum

 

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