夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

九州湯けむり紀行【2005.4.10~4.13】。

2008-04-08 13:41:44 | 
序章 明日から九州湯けむり紀行。


家内と温泉の事で、話していた時、
私と家内は、九州に関して、余りにも知らないことがあった。

私は、別府温泉、霧島温泉は未知であった。
家内の方は、霧島温泉、指宿温泉が行った事はない、と言う。

こんな話を三週間前頃していたら、
家内が周遊団体観光がありましたから、
行きませんか、と尋ねてきました。

私は家族でこの温泉地を廻るのは、
大変なので、行こうょ、と即答した。

明日、早朝に家を出て、
羽田空港~大分空港~国東半島めぐり~湯布院~別府温泉(泊)。

翌日は、阿蘇・草千里~高千穂~霧島温泉(泊)。

そして、知覧~指宿温泉(泊)

その後は、桜島~日南海岸めぐり~宮崎空港・・となる。

家内はA型なのでコースをきっちり調べ上げている。

私はB型なので、デジカメの電池補充をセットし、
どのぐい呑むを持参しようか、と迷っている次第です。

久々の団体周遊観光なので、どうなるか・・。



   第一章 山桜に想いを託して・・。


昨日までの4日間、観光周遊団体ツアー『九州湯けむり紀行』に参加してきた。

この間の心に残ったことなどを綴る。

4月10日(日曜日)
団体ツアーの原則として、集合時間の午前7時40分の羽田空港に伴い、
自宅を午前5時40分に出て、最寄駅まで歩く。

私共は、集合時間の30分前に着き、
コーヒーなどを飲み、余裕を残す方が好きである。

羽田空港を午前8時30分発で大分空港に午前10時過ぎに到着。

大分空港は、初めてであったが、
このくらいの空港規模は、全般を見渡せるので、私は好む。


国東半島にある《真木大堂》、《富貴寺》を訪ねる為に、
バスの車窓よりこの周辺の風景に心に沁みた。

素朴な里村に里山の雑木のなかに、
淡いピンクの花がぽっんと点を落としたように、所々にも見られる。

山桜である。

こうした田畑の奥まったところに、里山あり、
この季節に山桜がひっそりと咲いているのを見ると、
心の安堵感が増してくる。

このような光景は、日本の心のふるさとを行く、
といったようなやすらぎの風景の一面でもある。


昼食に出された『団子汁』は、素朴な素材であるが、
懐かしい香り、味があり、美味しかった。
こうしたのに変な格調で綴るより、素直な感覚で味わうのが大切である、
と日頃から思っている。

《富貴寺》は、山門まで石段と本堂のある境内の庭は、
とりたてて美点はないが、全般的にバランスのとれた景観をなしていた。
このようなところは、一時間で見るより、
半日かけて拝観すべきな寺である。

この後、《湯布院》に行ったが、大人のおもちゃ箱をひっくり返したような、
観光客の多いところである。

二十五年前頃に立原正秋・氏、十五年前頃に山口瞳・氏が
《亀井別荘》の滞在の随筆を残しているが、
日曜日と観光ブームのせいで、観光客が主道は溢れている。

人ごみをさけて、《金鱗湖》の周辺と町外れを散策したが、
かの二氏が綴った情景が残っていた。

集合場所の近くの土産売り場で、《由布美人》と称した、
しぼりたてのなま原酒を買い求めた。

この後、別府温泉地に行き、《地獄めぐり》に立ち寄ったが、
この周辺にある庭の池と樹木の配置の方が、数段興味をそそいだ。

ホテルに行く途中、町外れにある公園は桜が満開であり、花見客で賑わっていた。

本日の収穫は、山桜につきる。



       第二章  霧の馬酔木(あせび)・・。

4月11日(月曜日)
別府温泉を出て、阿蘇の草千里に行く、やまなみハイウェイは、あたり一面霧だった。

沈下花に似た白っぽい蕾の花木が数多く見られた。

ガイドによると、馬酔木だと教えてくれた。
この辺は山の中腹にあるので、街並みにあるような、
多数の白色つぼ形が円錐花を順になして垂れて咲く、のと違って、
肌寒い霧の中で、蕾のままであった。

馬酔木と聞き、私の脳裏は、
敬愛する小説家の立原正秋・氏の若き日に大和路で
人生を模索していた時の情感を、


馬酔木さく 奈良公園に
  たたずむも なみだながせし
      二十歳のなつかしや
                
               正 秋 


句が蘇ってきた。

そして、居間にあるこの人の複写の色紙に


秋篠の 名をなつかしみ
 そのかみ この道を行きし

              正 秋


想いだされた・・。


この後、《高千穂峡》、《通潤橋》を得て、霧島温泉に宿泊する。




        第三章 桜の舞い散る頃に・・。


4月12日(火曜日)
霧島温泉をでて、霧雨の中、霧島神宮に寄る。
広い境内を霧雨の中、静寂のひとときにつつまれ、心にしみてくる・・。

その後、島津家の別邸《仙厳園》に立ち寄った後、
知覧にある《特攻平和会館》に行く。

私は、歴史の中で不幸にも、
若き日に命を国家に捧げた隊員の遺書が確認したかった。

私の特攻隊に関する根底は、ニュース、歴史書物、映画から得た知識があり、
何より阿川弘之・氏の『雲の墓標』を二十歳過ぎの時に読んだのが
基礎知識と影響を受けていた。

鹿屋基地にある海軍海兵団を描かれていた。

   雲こそ吾が墓標
      落暉よ碑銘をかざれ 

この小説は、私の人生観を揺さぶられたひとつの書物である。

そしてここ数年前に映画の『ホタル』を観た。
この映画は、知覧にあった陸軍の特別攻撃隊をテーマにしている。

こんな拙い知識の上で、この平和会館に入った。

おびただしい遺書、日記が展示されていたが、二十分過ぎると、心重くなった。


うみやまに まさるめぐみに むくひなむ
 道をゆくなり いさみいさんで
              佐藤 新平

君がため 雄々しく散らん 桜花
              上成 義徳


会館を出ると、大通りの桜並木があった。

おびただしい石燈篭の中で、桜の花びらが空をさまよい、
地上に舞い降りていた・・。

そして路肩に吹き寄せられた花びらが、薄い絨毯のように敷き占めていた。

この後、開聞岳を眺める長崎鼻を得て、指宿温泉に泊まる




        最終章  旅の終わりに・・。

4月13日(水曜日)
指宿温泉を出て、桜島に渡り、展望所で山頂を見る。

鹿児島県の観光として、最大のソフトは『西郷隆盛』と『桜島』であろう・・。

日南海岸めぐりした後、宮崎空港に行く。

午後6時55分・発までの間、空港内の3階の軽食店でビールを呑む。
簡単なオードブルを食べながら、家内と色々話しこむ。

今回参加したメンバーは、平日利用4日間であったので、
やはり男性の場合は60歳以上である。

そして夫婦連れ、女友達のグループがほとんどである。

夫婦連れの場合、朝のお風呂、食事、バスの中、、観光地、昼食、
夕食前のお風呂、夕食・・と言ったようにお逢いし、会話など交わすので、
その人達の人生観の一部を甲斐は見ることができる。

私の場合、やはり自分より五年以内のお方のご夫婦を参考にさせて頂く。

十年以上の場合であると、育った時代、社会環境が違うので、
尊敬の念はあるが、参考にはならない。

自分達は、果たして見苦しい点はなかったか、と反省話になる。

旅の終わりには、いつも私共もこんな話をしている。


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南紀勝浦温泉滞在記【2005.2.20.~2.26..】

2008-04-08 13:29:00 | 
今回の旅行記は、残念ながらメモ書きしか、残さなかったので、
メモ程度の雑な綴りとなる。


家内が南紀にある海が見える洞窟風呂に入りたいわ、
という要望で、家内の母と3人で旅行会社の滞在プランを利用した。

家内の父の死去後、初めて私達3人はのんびりとした温泉滞在であったので、
部屋をランクアップして申し込んだのである。

東京駅を10時13分に出発する『のぞみ71号』で、
名古屋駅に着いたのは11時56分であり、
その後はバスを利用して、伊勢自動車道を南下し、
国道42号を南下した後、海沿いの熊野市にある鬼カ城を観光した。
奇岩が連なる景勝地と知られているが、
疲れていたせいか、心に残らなかったのである。

早めにホテルに着いて、風呂に入りたい心境であった。

勝浦に到着した後、観光ホテルの船に乗り、
滞在する『ホテル浦島』に到着したが、
大きなホテルで宿泊する建物が四つに分かれて折、
私達は『日昇館』に入館し、部屋から太平洋が一望できた。

お風呂に七箇所もあり、館内で温泉めぐりをするのも最適であり、
私達3人は、『館内の湯MAP』を見ながら、笑いあったりした。

翌日は館内の風呂めぐりをして、
洞窟の『忘帰洞』、『玄武洞』には感心をしたのである。

3日目は、『記の松島めぐり』の観光船を利用して、
『くじら館』のある小島に寄ったりした。

4日目は、那智の滝を中心とした半日観光遊覧コースで周遊した。

5日目の早朝は、『山上館』の近くにある高台の公園で、
日の出を観たりした。

6日目の朝、私は『なぎさ館』の横にある露天風呂に入ったが、
海辺の冷たい風が身体に受けたので、
あわてて大きな桶のような形の風呂が三種類ばかりあり、
入ったりしていた。

帰路は伊勢神宮の内宮を参拝した後、
名古屋駅17時05分発ののぞみ58号で、
東京駅に着いたのは18時46分であった。



          旅は、人生の贈り物・

旅行先の温泉滞在の場合、
同じ人と浴室等でしばしば顔を会わせる事がある。

この場合、偶然に浴室等で隣り合わせになり、色々と話合うこともある。

一期一会のたとえのように、再びお逢いすることなく、
他人通しの上、浴室等の開放感があってか、色々と本音が言える。

一昨日の朝食を終えて、浴室で75歳を過ぎたと思われるご年配の方と話した。

ホテルの館内で、しばしば奥様との二人連れの姿を拝見していた。

『あんたが想うほど、俺は楽しくないょ・・
俺は今82歳だが、70歳まで確か草むしりしたりして楽しかったょ・・
だがね、それからの日は楽しさはなくなったょ・・
今はただ生きているだけ・・』

このことに対し、生き甲斐をなくしたご年配には、私は言葉を失った・・。

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遠刈田温泉滞在記 【2005.1.30. ~ 2.2.】

2008-04-08 13:02:48 | 
          ~ 明日より、雪の中・・ ~

明日より、蔵王に近い温泉旅行に行きます。

蔵王の樹氷を雪上車で観る、というツアーがあるので、
雪の中の温泉と散策が出来るので、家内と三泊四日の旅に行くことにした。

雪の中の温泉旅行は、家内も好きであるが、
何より雪の中を散策するのが二人の好みだった。
全てが浄化されるような光景が私どものお気に入りだった。
このような旅は、ここ二十年ぐらい続けてきた。

家内は、昨日旅行の準備にかかり、
厚手のフィールド・コートと軽登山靴を取り出してきた。
軽登山靴は、私のはマイナス15度、
家内のマイナス30度に耐えられる靴だった。
寒い旅行の際、散策をするのに向いていると思う。
以前、流氷・雪祭りの際は効果的だった。

帽子は山岳用を愛用し、家内のはロシア婦人がかぶる様な形のを気にいっている。

雪の中を散策し、その地方の風情をきざみ、
ホテルに戻り、風呂に入り、
やがて持参のぐいのみで地酒を味わう幸福感は何物に変えがたいことである。

こうした旅は、いつまで続けられことだろう・・。



          ~ 旅の中の読書・・ ~

今回、遠刈田温泉に滞在し、雪上車で蔵王の樹氷めぐり、雪が降りしきる中、山里を散策したりした。

ホテルに戻り、風呂に入った後、地酒を飲んだりしたが、やはり活字の世界にも魅了される。

持参したのは、塩野七生・女史の『男の肖像』の文庫本だった。
この作品は、『文藝春秋』に1985年3月号から翌年の2月号に連載され、
読んでいたと思われるが、すっかり忘れていた・・。

一章を読み終えると、その時代を取り巻く状況を反復し、思索する。

部屋から前方に雪が降りしきる空と地上までの空間を見詰め、著者の思考に考え込む・・。

こうした時をもてるのは、贅沢なひとときと感じている。



http://www.daiwaresort.co.jp/zaou/
    宮城蔵王ロイヤルホテル

このホテルに3泊して滞在しながら、ホテルからスキー場まで四駆のマイクロバスで送迎して頂き、
スキー場から雪上車に乗車し蔵王の山頂まで目指したことがあった。
結果としては九合目ぐらいで下車し、烈風の中で樹氷を誉めたりした後、
ゆっくりと雪上車は下り、ときおり私達は下車し、周囲を散策したりした。
その翌日には、遠刈田温泉の街中、周辺を雪舞い降る中を日中歩き周ったりし、
それなりに深い思いでをあった。


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盃と旅・・♪【2004.12.26.】

2008-04-08 12:32:59 | 旅のあれこれ
旅行に行く時、私は盃をだずさえて行く。

盃といっても、格調高い高価のものでなく、
どの街にもある《 ぐい呑み 》である。

旅先で気に入ったぐい呑みがあれば、購入し、その地の地酒を頂く・・。

今回、土湯温泉を家内と訪れる滞在した。

温泉町は冬の陽が射し、ときたま小雪が降る中、散策した。

家内はその地の食べ物に関心を示し、私は移り行く風景と地酒に興味を示す。

ホテルの売店で、いびつな盃があったので、購入した。

三時過ぎ、入浴をすませた後、いびつな盃に地酒を入れる。

素人が造つるようなかたちであるが、それなりの素朴な美しさが感じられた。
地酒も純米酒の辛口で、それなりに合致している・・。

以前にも、この日誌に書き込みましたが、
その時々の地酒を目の前にする度、女性と同様に、
それなりの個性と感性を感じ取ることができる。

古来より、一期一会といった出会いに、私は心を揺さぶられる・・。

家内が入浴を済ませ部屋に戻ってきた頃、盃をだいぶ飲み干していた。

家内にいつもの様に、手渡しながら、質の高いお酒だ、言った。


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土湯温泉滞在記【2004.12.22.~12.25】

2008-04-08 12:27:13 | 
明日から温泉地に滞在・・。
明日から25日まで、3泊4日で温泉地に滞在します。

日頃、家内には家事全般をお願いしているので、
家内の慰労を含め、三食昼寝付きで
のんびりと温泉旅館に滞在しょうとしています。

我が家の方針として、家内は家の中の全般、
私は収入責任と家の外として、庭の草むしり、
樹木の手入れと分担を決めてきました。

この十月に定年退職をし、少しは家事分担をと考えていましたが、
散歩を兼ねた買物ぐらいを積極的にする程度です。

家にいますと、一日の食事、掃除、洗濯、買物と主婦の大変さが判明します。

私の考えは、家の中は家内のリード権を保持し、
その上で多少の分担をする、というのが理想と思います。

今後、少しずつ分担を分けてもらい、
万一の際、一週間ぐらいの入院した時、困らないように努力したい、
と思っています。

考えるだけでは駄目ですよ、と家内の声が聞こえてきそうです・・。


3泊4日は家内の要望です。
私は2泊3日が、日常ペース《最近はブログの書き込み等》に影響するから・・
と言いますが。

宿泊先で衣類等の整理をチェックイン、アウトを含め、
3泊しませんと大変で気が休まりません、と言われます。

現役時代の時も、会社の日程で許せる限り、このようにして来ました。

今、退職した身ですので、家内は旅行の検索する際、
3泊以上を選択しています・・。

人生、妥協も必要という事です。

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『天上天下唯独尊』の言葉の前で・・♪

2008-04-08 10:55:00 | 定年後の思い
本日は『花祭り』と称して、
仏教の創始者のお釈迦さまの誕生日であり、
私は無知なのでお釈迦さまのことを少し調べたのである。


『天上天下唯独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん』と掲(かか)げられ、
宇宙の中で、私より尊いものはいない、
と云ったかのような伝説はあるが、
私は孫弟子の人たちが、釈迦の教えを広く普及させるために、
権威をもたらすためにつくられた言葉と解釈している。


このようなことを考えていたら、日本の史上に於いて、
『唯独尊』のような振る舞いをされた人物はどのお方であったろうか、
と余計なことを思案したのである。

鎌倉幕府の創設者の源 頼朝、室町幕府の足利尊氏、
織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康かしら、と思ったりしたが、
案外、地方の一国一城の大名である殿様の方が『唯独尊』が可能であった、
とも思えたのである。

全国規模の統一者は、調和させながら統治する責務と権力があり、
地方の有力大名の方が、幾分楽でわがままを振舞えた、
と思ったのである。


私は雨の降りしきる主庭の樹木を眺めながら、
拙(つたな)いよしなごとを思い浮かべたりしている。

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