夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

小庭の手入れ、秋の装(よそ)いにと体力の衰えた私が孤軍奮闘しても、あえなく敗退・・。

2014-09-13 15:15:09 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の身であり、
まもなく下旬の誕生日を迎えると、恥ずかしながら古希と称される70歳となるが、
65歳の高齢者入門が許された頃から、体力の衰えを実感してる。

こうした中で、我が家の小庭の手入れは、私の責務であるが、
何よりも暑さに苦手な私は、サボり果ててきた・・。

我が家の敷地は変形の為、家屋を建てる当時から玄関庭と主庭に別れているが、
樹木の枝葉は伸び放題、草も茂って純白のタマスダレの花、淡紅色の秋海棠(シュウカイドエ)の花も、
雑草の中で咲いているような状態となっている。

こうした状況の中で、一番喜ぶのは鈴虫(スズムシ)、蟋蟀(コオロギ)かしら、
と私は微苦笑を重ねたりしてきた・・。
          

過ぎし去りし8月、小庭では朝に於いては鈴虫(スズムシ)が鳴いて、蝉(セミ)も負けじと盛んに鳴いて二部合唱となり、
日中の暑い中は、蝉(セミ)が独壇場のように、今鳴かなくていつ鳴くのよ、
といったように鳴き響いてきた・・。

こうした中で、鈴虫(スズムシ)の鳴き声が聴こえないのは、
日中はお休みの睡眠時間の最中で、夕暮れの6時過ぎに目覚めるのかしら、と私は解釈したりしてきた。

そして夕暮れの6時過ぎになると、蝉(セミ)は鳴き声が途絶える・・。
私は暑さの日中に蝉(セミ)は盛んに鳴いていたので、
きっと鳴き疲れてお休みの睡眠時間になったと思ったりしてきた。

鈴虫(スズムシ)は夜行型、蝉(セミ)は日中型、と少しボケた私でも理解は出来るが、
我が家の蟋蟀(コオロギ)は、何故かしら耳をすませないと聴きもらす・・。

夜のひととき、鈴虫(スズムシ)の盛大な合唱の中、
定年退職後に何かと気弱になった主(あるじ)の私の気持ちを察してか、
蟋蟀(コオロギ)だけは、少し遠慮しながら鳴いているのである。

そして私は愛(いと)おしく、少し哀れな蟋蟀(コオロギ)であるが、
やがて初秋になれば、蝉(セミ)は消え果てるので、ライバルは鈴虫(スズムシ)となる。

やがて鈴虫(スズムシ)も夏の間、盛大に鳴いてきたので、
疲れ果てて、少しはおとなしくなるかしら、と私は秘かに願ったりしてきた。

    
このように思いながら過ごしてきたが、 昨夜、玄関の軒下に下り立つと、
微風が吹く中で、心も身もゆだねると心地よく、夏は過ぎ去り秋の時節になった、
と実感を深めたりした。
          

今朝、4時半に目覚めて、ぼんやりと秋の装(よそ)い小庭の手入れしょうと、思い立ったりした。
そして体力の衰えた私は、玄関側は何かと人が来客するので、せめて玄関側の小庭の手入れを、
と7時半過ぎに下り立った。
  
そしていつものようにストレッチパンズの夏用の長ズボン、着古したワイシャツ、ウォーキング・シューズで、
夏用の帽子を深く被り、滑り止めの軍手をして、そして剪定鋏(ハサミ)を腰の周りにして、
薄曇り空の中、樹木の枝葉を高枝鋏(たかえだばさみ)で切り落としたりした。

               
やがて切り落とした枝葉を整理したりしていると、まばゆい陽射しが小庭を照らし、
夏の香りが残された少し熱くなった中、孤軍奮闘をした。
          

その後、草むしりをしていると、汗がしたたり落ちてきた。
特にドクダミの草が地面にへばりつくように繁っているので、労苦を要する。
或いは樹木のある地面も草が生えているので、
樹の下にもぐるように、はいつくばって草を取ったりすると、泥まみれとなったりした。

そして草むしりに熱中していると、塀際に睡眠中の鈴虫(スズムシ)は驚き、眠そうにノソノソと移動し、
蟋蟀(コオロギ)は元気そうに退散して行った。

やがて私は、これからの鈴虫(スズムシ)と蟋蟀(コオロギ)の住まいとしてねぇ、と畳み2枚ぐらい雑草を残したりした。

こうした中で、無念ながら体力の衰えた私は、ときたま玄関の軒下で簡易椅子に腰かけて、
少し休憩ねぇ、と心の中で呟(つぶや)いたりした。
こうした私の情況を見た家内は、掃除の手を休めて、幾度か冷茶を運んでくれたりした。

そして陽射しが燦々と照らす中、草むしりに奮闘していると、汗まみれ泥まみれとなったりしたが、
今しなくていつするのよ、と自身を叱咤激励をしたりした。

しかしながら簡易椅子を木陰に移動させて座っていると、
微風を受けたりすると心地よく、やはり夏の熱い季節は過ぎ去った、と微笑んだりした。

やがて12時半が過ぎた頃、体力の限界を感じて、本日はここまで・・と断念し、風呂場に向かったりした。
          

疲労感を感じる今、若き40代のサラリーマン時代だった頃は、休日の時に真夏の炎天下の中でも、
7時間ぐらいは気力で、庭の手入れをしたりしたが、
あの頃の自分の若さには適〈かな〉わない、と体力の衰えた私は苦笑したりした。


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コメント (2)
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