水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄-《旅立ち》第十七回

2009年03月05日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《旅立ち》第十七回

 云い辛そうに首筋を掻く源五郎を見て、常松は、━━ なんだ! それならば、“また貸し”ではないか! ━━ と、一瞬、腹が立ったが、布巾着の中には、やはり一文しかないと我に帰ると、弱ってしまった。その様子を見て、
「どうした? 昨日の今日だから、あるだろうが?」
 と、源五郎は畳み掛けた。
「つい今し方、母上に頼まれました豆腐を求めに参りまして…」
「豆腐? ほう、それで?」
「途中、喉が渇きましたもので、つい…」
「つい?」
「通り掛かりの冷し飴を…」
「なにっ! 冷し飴を飲んだと申すか? それで、懐に銭は無いと…」
 常松は懐中から布巾着を取り出し、中の銭一文を源五郎に返して、
「それだけ…です」
 と、小声で呟くように云った。夏の陽射しは疾うに陰って、既に庭向こうの前の森へ、その射光を隠していた。


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