残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第十九回
言うが速いか、源五郎は畳から起き上がり、バタバタ…と、廊下を走り去った。兄は、ついうっかり微睡(まどろ)んでしまったに違いない…と、常松は思った。
家の手伝いとなると、やはり歳長の源五郎に、どうしても辛さが伴う用向きが命じられる。源五郎は、それはそれで仕方がないことだと云っていた。八歳の常松に比べ、自分は十歳であることを誰に云われずとも認めていたのである。だから、蕗に命じられた薪割りを、自分ばかりが…と、拗(こじ)れて想ってはいなかった。
陽が西山の一角に隠れ始めた頃、御学問所から市之進が帰宅した。源五郎とは八齢、常松に至っては十齢も歳上になるこの兄は、しっかり大人びていて、他人目には同じ兄弟に見えないところがあった。市之進は二人を可愛がりはしたが、どこか楚々とした交わりで、源五郎とは異なり、何処か相容れないところがあるように思える常松であった。
市之進より少し遅れて、清志郎が帰ってきた。この頃より早朝に至る迄の僅(わず)かな刻限が、家族五人が生活を共にする時なのである。就寝の間は、当然ながら、それが除外されるから、家族が揃うのは、希少な刻限だったといえる。そのことは、五人の出会いの場で語られはしなかったが、誰とは云わず分かっていた。