春の風景 水本爽涼
(第五話) あやふや
最近、ツチガエルのオタマジャクシがスイレン鉢で元気な姿を見せ始めた。去年の秋からご無沙汰しているので知らぬ態で挨拶だけしておいた。ただ、寒の戻りがあるかも知れないから、今一、あやふやな泳ぎ方をしていて覇気もなく、あまり動かないかないばかりか時折り姿を消して、あやふやだ。
どこの家でもそうだと思うが、あやふやな言葉でその場を取り繕う、ということはあると思う。“あやふや”は、“曖昧(あいまい)”とも云われるが、諸外国に比べると僕達の日本は随分、表現法が緻密で豊かなことに驚かされる。
先だっても、じいちゃんに詰問された父さんが、上手く逃げを打って、あやふやに暈した。
「お前な、休みぐらい家のことをな…」
「えっ? 何です。家がどうかしました? お父さん」
「そうじゃない! お前は直ぐそうやって話の腰を折る! 逃げるなっ!」
将棋の駒を持つじいちゃんの手が少し震えて、怒りを露(あらわ)にしている。
「未知子さんがな、そう云っとったんだ。未知子さん、腰痛(こしいた)だそうじゃないか」
「ええ…、まあ、そのようです」
「そのようです、だと?! そ、そんなあやふやなことで夫婦がどうする!!」
久々に、じいちゃんの眩い稲妻がピカピカッと光り、父さんを直撃した。父さんは逃げ損ねた自分に気づいたのか、思わず顔を背(そむ)けて顰(しか)め、舌を出した。
「まあ、大事ない、ということだから…いいがな。家のことを少しは手伝ってやれ」
「…はい」
父さんは観念したのか、今度はあやふやに暈さず、殊勝な返事で白旗を上げた。しかし次の瞬間、不埒(ふらち)にも、「大したこと、なさそうですしね…」と斬り返そうとした。じいちゃんは、また顔を茹で蛸にして、対面している父さんの顔を睨みつけた。ただ、激昂し過ぎた為か、声が上擦って出ず、ウゥ…ウウウ…とか云って、後は黙り込んでしまった。高血圧で薬を飲んでいるじいちゃんは、自らの体調の危険を感じたからに違いない。そこへ、風呂から上がった母さんが顔を出した。
「マッサージに行ってから、すっかり楽になりました。御心配をおかけして…」
「ほう…それはよかった、未知子さん」
「うん、よかったな…」
父さんも、じいちゃんに追随した。
「お前の云い方はな、心が籠っとらん!!」
母さんを見て微笑み、父さんを見ては茹で蛸にならねばならないじいちゃんは、実に忙しい。でも、それを見事に演じきるのだから、じいちゃんは名優であろう。
風呂番は僕から母さんへ回った月なので、僕は既に風呂から上がっていて、ジュースで寛(くつろ)いでいた。
「風呂用洗剤Yは、よく落ちるわねえ、あなた」
「だろ? また買っとく…」
「某メーカーの奴だな。…お前も、もっと光れ、光れ」
じいちゃんの嫌味が炸裂し、父さんは木端微塵になった。
第五話 了