残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第二十五回
「そなたは、かねてより、二人の兄より腕が立つと思おておったと、いつぞや申したが、恐らくは、これから生くる上で、そのことが良し悪しを問わず、そなたに関わって参ろう故、心して過ごすよう、これだけは申しておく。まだ旅立つ迄には日数(ひかず)もあろうが、以後は、このことについて、委細は申さぬでな…」
清志郎は、左馬介の顔を見ながら、穏やかな物腰で云い渡した。左馬介は大刀を拝み抱いたまま、父の言葉を聴いていた。
太刀を左腰に差して道を歩けば、己が身が、さも大人びたように思える左馬介である。未だ二本の差し料を身につけ太刀を抜いたことがない迄も、漸くこれで最小限、身は守れるだろう。そう思えば、歩く心も何故か小躍りした。こうして、日々、辺りを徘徊するが如く歩いているというのも、源五郎が海産物問屋の久富屋へ養子に出されて以降、これといった話し相手が無くなったからである。父は時折り、仕事仲間だった元同心の山岡惣兵衛の所へ碁打ちに出向いたし、母の蕗、家中の細々とした雑用に忙殺されていたから、左馬介と気安に話す相手はなくなっていた。家督を継いだ市之進は御用勤めに日々、早朝から出ているから、当然ながら不在であった。