残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第二十回
夕餉の膳を囲む迄は、各自が思い思いに散らばっている。市之進は部屋に籠って、今日一日、学んだ教本の復習をするのが日課であった。それが、今日は珍しく、源五郎が薪割りをしている庭伝いの小屋前にいた。常松が注視していると、二人は何やら話をしだした。五間(ごけん)以上離れている常松の位置からは二人の声は聴き取れないが、源五郎が催促した先程の話から推し量れば、どうも金銭話の遣り取りのように常松には思えた。━━
そうした光景が走馬燈の如く左馬介の胸中に去来していた。川堤(づつみ)の草叢(くさむら)に腰を下ろし、茫然と水の流れを眺めていると、過去の様々な印象深い場面が想い出される。左馬介は十五の歳を迎え元服し、母方の通り名である左馬介を名乗っていた。そして、ひと月後には、父に伴われて葛西の地へ旅立つのである。葛西の堀川道場に内弟子として入門する為であった。当然、道場の内で住まいすることになる。剣の道を極めるよう、清志郎が態々(わざわざ)、葛西へと出向き、道場主、堀川幻妙斎に頼み込んだのであった。幻妙斎は、
「其処許(そこもと)の御子息でござるか?」
と、訊ねたが、左馬介が十五の歳であることを聞くに及んで、即座に断った。