残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第二十四回
「父上! お呼びで御座居ましたか…」
やや離れた清志郎へ、左馬介の廊下越しの声が飛んだ。
「おう…左馬介、戻ったか。どこぞへ出かけておったようじゃのう?」
と、清志郎は振り向きざまにそう云うと、、手に持つ鋏を盆栽棚へ置いて微笑んだ。そして、ゆったりと縁側より家内へと上がると、左馬介の前へと座った。それに合わせて、左馬介も清志郎に対峙する形で下座へと腰を下ろした。
「話というは、他でもない。そなたが葛西の地へ旅する迄に手渡そうと思おておった品があってな。行って後では、果して出会えるかも分からぬでな…」
そう云うと、清志郎は立ち上がり、刀掛けの大刀を手にした。
「無論、これは、そなたが葛西の地へ行ってしまうからでもあるのだが、元服も済んだこと故、手渡すのだ。我が家に伝わる二振りの内の一刀じゃ…。源五郎は商家へ入った故、無用となったでな。さしたる業物(わざもの)でもないがのう…、そなたと市之進に一振りずつ遣わす」
と云うと、大刀を左馬介の眼前へと差し出した。一瞬は戸惑った左馬介であったが、
「頂戴致しまする…」
と、差し出された大刀を両手で拝受し、そのままの姿勢で軽く会釈をした。