水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄-《旅立ち》第二十三回

2009年03月11日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《旅立ち》第二十三回

 家へ入ると、蕗がすぐに気づき、
「常松…。いえ、左馬介、どこへ行っていたのですか? 探していたのですよ」
 と、少し早口に声を掛けた。
「母上、私(わたくし)に、何ぞ御用でも?」
「用向きなどではないのです。父上が渡すものがあるからと云っておられたものですから…」
 蕗は回り諄い云い方ながら、清志郎が呼んでいることを告げた。
「父上は、お待ちなのですか?」
「いえ…。私が先程、お前の姿が見えぬと申したものですから…。今は、裏庭の盆栽を弄(いじ)っておられます」
「そうでしたか…」
 左馬介は雪駄を脱いで上がると、裏庭を一望できる座敷へと急いだ。
 座敷へ入ると、前方に盆栽を弄る父の後ろ姿が眼に入った。清志郎は、家督を市之進に譲って後、めっきりと老け込んだように左馬介には思えていた。この今も、鋏を持つ父の後ろ姿に、そのことを思う左馬介であった。


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