残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第二十三回
家へ入ると、蕗がすぐに気づき、
「常松…。いえ、左馬介、どこへ行っていたのですか? 探していたのですよ」
と、少し早口に声を掛けた。
「母上、私(わたくし)に、何ぞ御用でも?」
「用向きなどではないのです。父上が渡すものがあるからと云っておられたものですから…」
蕗は回り諄い云い方ながら、清志郎が呼んでいることを告げた。
「父上は、お待ちなのですか?」
「いえ…。私が先程、お前の姿が見えぬと申したものですから…。今は、裏庭の盆栽を弄(いじ)っておられます」
「そうでしたか…」
左馬介は雪駄を脱いで上がると、裏庭を一望できる座敷へと急いだ。
座敷へ入ると、前方に盆栽を弄る父の後ろ姿が眼に入った。清志郎は、家督を市之進に譲って後、めっきりと老け込んだように左馬介には思えていた。この今も、鋏を持つ父の後ろ姿に、そのことを思う左馬介であった。