残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第二十二回
そういうことで、今はもう、秋月の家に源五郎はいないのである。 江戸幕府が開闢(かいびゃく)後、中期を過ぎると、武士の家では、次男以下が、このような道を選ぶ事例は、決して珍しいことではなかった。
川縁(べり)伝いに植えられた桜並木に咲き誇る花弁の乱舞が風によって巻き起こる。それは、見事という他はない。花筏を組む暇もなく流れ去る川面の花弁が鮮やかである。左馬介は、漸く川堤の草叢(むら)を立ち上がって土手道を歩き始めた。
果してこの風景を、ふたたび眺めることが出来るのだろうか…と、歩きながら左馬介は少し物悲しく想っていた。
歩みを遅めても、やはり家の姿は眼前に迫ってくる。この同心長屋の一角で両親や兄達と過ごした様々な追憶が、やはり、こうして幾許(いくばく)か後には他の地に移るのだという事実に直面すると、浮かんでは消えた。川縁(かわべり)でもそうだったが、歩んでいても去来するばかりだ。未練がましいぞ…女々しいぞ…と、左馬介は自らを叱咤(しった)した。