残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第十八回
「いや…、そこ迄は聞いてはおらぬ…」
鰾膠(にべ)もない返答が常松の耳に響いた。そこへ、蕗が顔を出した。
「源五郎、もう薪割りは済んだのですか?」
母の言葉に、源五郎は一瞬、顔を曇らした。
「すみません、母上。すぐ済ませますから…」
言うが速いか、源五郎は畳から起き上がり、バタバタ…と、廊下を走り去った。兄は、ついうっかり微睡(まどろ)んでしまったに違いない…と、常松は思った。
「兄上は、いったい何に入り用だと云われているのですか?」
思い切って訊ねた常松に、
「なんでも、御学問所の友人に返さなくてはならないそうじゃ」
と、源五郎は、その訳を云った。
「だから、その友の人に返さねばならない訳を問うておるのです」
ふたたび、常松が諄(くど)く訊ねる。
「いや…、そこ迄は聞いてはおらぬ…」