水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄-《旅立ち》第十八回

2009年03月06日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《旅立ち》第十八回

「いや…、そこ迄は聞いてはおらぬ…」
 鰾膠(にべ)もない返答が常松の耳に響いた。そこへ、蕗が顔を出した。
「源五郎、もう薪割りは済んだのですか?」
 母の言葉に、源五郎は一瞬、顔を曇らした。
「すみません、母上。すぐ済ませますから…」
 言うが速いか、源五郎は畳から起き上がり、バタバタ…と、廊下を走り去った。兄は、ついうっかり微睡(まどろ)んでしまったに違いない…と、常松は思った。
「兄上は、いったい何に入り用だと云われているのですか?」
 思い切って訊ねた常松に、
「なんでも、御学問所の友人に返さなくてはならないそうじゃ」
 と、源五郎は、その訳を云った。
「だから、その友の人に返さねばならない訳を問うておるのです」
 ふたたび、常松が諄(くど)く訊ねる。
「いや…、そこ迄は聞いてはおらぬ…」


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする