水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

納涼・特別寄稿 短編小説集(10)  お気の毒

2013年08月05日 00時00分00秒 | #小説

 無宗教のお別れの会が、しめやかにとり行われていた。ちょうど、某有名人のお別れの辞が読み終えられたところだった。ここは、とある私営葬祭場のホールである。会場は故人の遺徳を偲(しの)ぶかのように、多くの弔問者でごった返していた。その数、ざっと数百名。映画やテレビでよく知られた有名人も多く列席していた。祭壇に飾られた遺影の壇田(だんだ)は、彼らを見ながら、こんな俺のために態々(わざわざ)、来なくてもいいのにな…と、ぶつくさいいながら、餅を齧(かじ)っていた。
━ ご遺族さまに続きまして、順次、ご献花をお願いいたします ━
 馴れた名調子で、葬儀社の進行係がマイクへ声を流す。遺影の向こうにいる死んだ壇田には、葬祭場の模様がテレビ画面で見るかのように克明(こくめい)に映し出されていた。むろん、献花する者達から見れば、ただの遺影でしかなかったのだが…。
「ほんとに、お気の毒なことでした…」
 後方に立つ稲首(いなくび)が、白菊の花を手にして、隣に立つ顔見知りの陸稲(おかぼ)にそういった。
「残念なことです…」
 陸稲もポツンと返した。
『ふん! なにいってやがる、あいつら! 俺が死んで清々(せいせい)したって思ってるに違(ちげ)えねえんだ! どうしてくれようか。よし! アレだな!』
 憤懣(ふんまん)やるかたない壇田は、そういうとガブリ! と餅を齧ってニンマリした。
 列は進んで次第に稲首と陸稲の献花する順が近づいてきた。そのとき異変が起きた。有り得ない異変だった。稲首と陸稲が最前列に来た瞬間、二人が手にした白菊の花がポロッ! と花の部分が折れ、床へ落ちたのである。それも二人同時だった。一瞬、多くの者の目が二人に浴びせられ、ホールは凍りついた。二人は慌てて床に落ちた花を拾い、手にする茎に添えて献花した。格好悪い無様(ぶざま)さだった。稲首と陸稲はソソクサと後方へ下がった。
『ははは…ざまぁみろってんだ!』
 そういうと、壇田はまた、ひと口、餅をガブリ! と齧った。
「ほんとうに…。いい方でございましたのにね」
「ええ…、お気の毒でございますわ~」
 銀座の高級クラブのママ、百合(ゆり)と菖蒲(あやめ)が呟(つぶや)いた。
『なにが、お気の毒だ! 今度は、あの金盗り虫のクソ婆(ばばあ)どもか!』
 壇田はニヤリとして残った餅を頬張ると、手にしたあの世の水をグイ飲みした。そのとき、光が射して厳かな声が壇田に届いた。
『そのとおりなのですが、それは私にお任せなさい。あなたが、そういうことをしちゃいけません! お気の毒な方だ… 』
 壇田はいい返せなかった。最前列まで来ていた百合と菖蒲は、その瞬間、合掌したまま同時に、くしゃみをした。

                  THE END


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連載小説 代役アンドロイド 第283回

2013年08月05日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第283回)
「この海岸なら東京からそう遠くないし、いいですよね…」
 内心ではこんな遠くまで行かなくっても…と思っている但馬は、いつものように真逆の言動で小判鮫ぶりを発揮した。
「しかし、ちょっと遠いのと違いますか? そない思えるけどなあ~」
「君は黙ってろ!」
 少し虫の居どころが悪かったのか、但馬は後藤を窘(たしな)めた。
「まあまあ、両君とも…。私も実はそう思ったんだが、ちょうど私の友人の別荘がここにあってね。夏場以外は使わないから好きに使ってくれて構わん・・と、まあ、こうだ。ははは…」
「そりゃ、いいですなあ。それなら僕も異論、あらしません」
 保は黙って三人の会話を聞いていた。
「まずは、この別荘へ飛行車を運ぶ。しかし、自動補足機のときと違い、今回は、かなり大きいから、普通車では無理だ。そこで私は考えた。どうすると思う? 君達、考えてくれ」
 山盛教授はそう言うと、ニンマリと笑った。まるで推理ドラマの場面である。
「梱包(こんぽう)して姿を分からなくさせたあと、運送会社に頼んで運んでもらう・・ですか?」
「ピンポ~ン! だ、岸田君。さすがは我が研究室のホープだけのことはある」
 それまで黙っていた保が、フロアへ降りたあと初めて口を開けたが、その言動がものの見事に的中したのだった。面白くないのは当然、但馬で、顔の表情が苦虫を噛み潰したように引き攣(つ)った。


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