「行ってくるよ!」
玄関で声をかけたが妻の美郷(みさと)の返答は小さく、「は~い」である。ただ、それだけである。20年も前は、こんなじゃなかった…と鬱憤(うっぷん)を募らせながら坪倉満は家を出た。そして、ガラッ! っと表戸を開けて驚いた。
「おやっ!!? そんな馬鹿な…」
昨日までの街並み風景が違っていた。というか、すべてが一変していた。坪倉は、とりあえず家の外へ出て、表戸を閉めた。そして、一歩前へ歩を進めようとした。しかし、足は動かず、停止したまま、その場に凍りついた。高台の住宅地に建つ坪倉家の前は、昨日(きのう)まで歩道を挟んで同じような家並みが続いていたのだ。それが、今日は完全に消え失せ、家の前には駅が出現していた。坪倉がもう一度、目を擦(こす)りながら見返すと、家の正面前は駅の入り口になっていた。通り過ぎる大衆は、さも当然のように、なんの違和感もなく駅の構内へ吸い込まれていく。三軒左隣に住む部下の底村水男がそのとき偶然、坪倉家の前を通りがかり、坪倉に気づいた。
「坪倉課長! おはようございます」
「…底村君か、おはよう」
「どうかされたんですか? そんなところにジッとされて…。早く行かないと、遅刻ですよ」
家の外玄関をそんなところに、といわれたのは心外だったが、そう違和感もなくポン! といわれたところをみると、自分が変なのか…と坪倉は思った。
「駅さ、前からこんなところにあったかい?」
「えっ? なに言ってられるんですか。ずっと、ありましたよ。課長、大丈夫ですか?」
底村は坪倉の体調を気にして、怪訝(けげん)な表情で訊(たず)ねた。
代役アンドロイド 水本爽涼
(第286回)
『今回もピッタリですね』
三井は腕を見ず、瞼を閉ざして言った。体内のシステム時計で確認したのである。
『でしょ! きっちり計算してきたから…。じゃあ、さっそく前回の続きを始めましょうか。出来れば早く戻った方が無難だから…』
『分かりました。では、どうぞ…』
三井に先導され、沙耶は長左衛門の隠れ部屋へ通った。相変わらず四畳半ばかりの部屋内は雑然と散らかっていたが、それでも工学研究室の趣は醸し出していた。二人? は前回の続きを互いのメカで行った。内蔵されたマイクロチップは異なっている。外形はほぼ同じでも、その内部にに組み込まれたプログラムが保と長左衛門とでは大きく異なった。沙耶にはそのことが分かっているが、そうとは三井に言わなかった。自分の方にも三井に劣るプログラムが存在したからだ。それはともかく、二人? は互いのメンテナンスと緊急修理の技術を向上させていった。片方が技能研修を行うときには、もう片方の主動力源はOFFされ停止状態となる。いわば、いつもの眠った停止状態になるのである。だから双方とも、どういう動きを相手がしたのかは、まったく分からないのだ。相互の繰り返しが二度続き、ようやく終了となった。最後に沙耶が三井の主電源をONにした。
『もう、よろしいですか?』
『ええ…。あなたのメカは、ほとんど理解したわ。私の方はどう?』
『はい、私も大部分、理解しました。メンテナンスも修理も80%以上、良好です』