水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア短編小説 坪倉家前の駅ホーム <8>

2013年08月15日 00時00分00秒 | #小説

 病院を出ると会社へは戻らず、坪倉は帰宅することした。駅構内に入り改札を抜けてホームに立った。そこで坪倉はふたたび、我が目を疑った。ほん今まであった・・いや、病院を出て・・本社前に戻り・・で、駅へ入ったのだ。それが、ほん今だった。営林開発ビルの姿は坪倉の目から消えていた。そこには、昨日まで勤めていた風景があった。ということは・・本社ビルは野豚(のぶた)通りに移動したということになる…と坪倉は思った。次の瞬間、ブシュ! っという音がし、目の前の列車の開閉ドアが開いた。坪倉は列車がホームに入ってくるのも気づかず、物思いに耽(ふけ)っていたのだった。
━ まあ、とにかく家へ戻(もど)ろう。外で考えるのは危(あや)うい。それに、家前にある駅に着いたとき、昨日に戻っていることもある。いや、間違いなくそうに違いない。今し方の尾振(おぶり)のホームだって戻っていたじゃないか ━
 自問自答している間に、坪倉はいつの間にか列車に乗っていた。
『皆さま、本日は山猫鉄道をご利用いただきまして誠に有難うございます。この電車は土竜(もぐら)発の蚯蚓(みみず)行でございます。蚯蚓まで各駅に停車して参ります。次は犬鼻(いぬばな)~、犬鼻でございます。北横線(ほくおうせん)は乗り換えとなります』
 馴れた車掌の声で、坪倉はハッ! と我に返った。車内は空(す)いていたらしく、窓際の席に坪倉は座っていた。腕を見れば10時を少し回っていた。いつもなら決裁印を押している時刻だった。


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連載小説 代役アンドロイド 第293回

2013年08月15日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第293回)
「ああ、中に入れておいてくれたね」
「はい!」
 責任者風の男は山盛教授に一枚の伝票を渡し鍵を返した。
「ここに判子、下さい。サインでも結構です!」
「ああ…」
 言われるまま、教授は渡されたボールペンでサインした。
「それじゃ、僕達は、これで…」
「そう? …ごくろうさん」
 教授は男達が立ち去る後ろ姿に軽く労(ねぎら)いの言葉を投げかけた。
「あとは組立ですわな」
 後藤がいつもの訛りを繰り出した。教授は笑顔で頷(うなず)いたが、返答はしなかった。
「組み立てたあと、どうされます?」
 但馬は後藤のような不躾(ぶしつけ)な質問はせず、教授を下手から窺(うかが)った。
「今日のところはここへ置いて、一端、帰ろう。別の日に改めて出直せばいい。飛行実施の細かな準備もあるから、朝一の方がいいだろう…」
「分かりました」
 小判鮫の但馬は素直に従った。保と後藤は、すでに5パーツの梱包を外していた。
 一方その頃、沙耶は三井へ携帯をかけようとしていた。すでに正午前である。
『はい、三井ですが…』
『私よ。今日、保は飛行車の組立で大磯の方へ行ったわ』
『大磯ですか…。今の季節ですと、上手い具合に人目もありませんから好都合ですね』
『まあ、そういうことだわね』


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