水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア短編小説 坪倉家前の駅ホーム <6>

2013年08月13日 00時00分00秒 | #小説

「このビル、いつ建ったんだっけ?」
 早朝会議が始まる前、坪倉は底村に突然、訊(たず)ねた。
「えっ?! 急になんです、課長。まだ建って、五年ですよ」
 底村は呆(あき)れたようにいった。
「ああ、そうだった、そうだった。最近、物忘れが激しくていかんな、ははは…」
 坪倉は笑って誤魔化した。
「野豚通(のぶたどお)り、知ってるよな?」
「野豚通り? 聞いたことがないですね。この街ですか? …野豚」
 底村はニヤけて含み笑いをした。坪倉は昨日までその野豚通りの本社ビルに勤めていたのだ。ビル自体は昨日までと少しの変化もなかったが、その位置が完全にずれていた。しかも、坪倉の家と移動している状況が完全に一致しているのだった。
 やがて、課員から厳選されたいつものメンバ-が会議室へ現れ、早朝会議が始まった。どう考えてもそんな馬鹿なことはないはずだ、俺はおかしくなったんだ、はやく医者に診てもらわねば…と思うと、坪倉は早朝会議で話す部下の言葉も耳に入らなかった。
「では、そういうことで…。新菌種の生態に関しては継続研究するということで…。それで、よろしいですね、課長?」
 会議進行役の底村が隣に座る坪倉にいった。
「あっ? ああ…」
 坪倉は、意味が分からないまま了承した。


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連載小説 代役アンドロイド 第291回

2013年08月13日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第291回)
遁ズラを決め込むにはタイミングというものがある。沙耶と三井の場合は、もちろん遁ズラと呼ぶほど悪質なものではなく、訳あって世間・・といっても保や長左衛門、それに里彩の三人(研究室の三人、親友の中林、大学同僚の山郷、マンション管理人の藤崎、保の兄の勝夫婦、大学新館ガードマンの矢車を含めれば12人)なのだが、その二人から隠遁する…という良質のものだ。それにしろ、保や長左衛門のショックは量り得ない訳で、それ相応の理由づける書面等を残しておく必要があった。三井の場合は長左衛門に、あの恩知らずが…と言わせない見返りが求められた。保に対してはそこまでの配慮は必要としなかったが、やはり、何のため行方を晦ますのかの説明と消えた後の生活のマニュアルを知らせておかねばならなかった。沙耶も三井も、飛行車が大磯に移動する今週末までに行程を組んでおくとなると、そう残された時間はなかった。沙耶は、いっそ次の機会に先延ばしし、大磯からの逃避案は回避しようとも思った。だが三井は、この機会を逃しては・・と反対し、結果として諸事情を排除しても決行する、ということで実行計画を進めることになった。
 次の日、山盛研究室では飛行車の梱包作業が教授を含む四人で進められていた。飛行車自体は軽量であり、パーツを5ブロックに分け、それぞれが梱包された。運送会社にはすでに連絡積みで、教授の友人の別荘へ運送してもらう手筈は、すでにつけられていた。
「君達! それでいいから、一つづつ外へ出しておいてくれ。もうすぐ荷を取りに来るだろうから…」


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