水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

納涼・特別寄稿 短編小説集(11)  知らない花[ばな]

2013年08月06日 00時00分00秒 | #小説

 今日も暑い日になりそうです。今、ふと思い出したのですが、そう…あのことがあったのも、こんな暑い日だったと思います。それはもう、20年以上も前のことなのですが、かつて私が勤めていた会社での出来事でした。
 その日、私は残った仕事を終え、ようやく解放された気分で自分のデスクで背伸びをしておりました。ビルの窓ガラスの向こうは、すっかり暗闇です。残っている者といえば、私と係長の野坂(のさか)の二人でした。野坂は私から少し離れたところで明日のプレゼンテーション用の書類コピーをしておりました。やがてそれも終わったようで、野坂は私の席へ近づいてきました。
「課長、そろそろ帰りましょうか?」
「そうだな…」
 私は野坂から書類を受け取り、疎(まば)らに確認しながら頷(うなず)きました。そして、なにげなく隅(すみ)の卓袱台(ちゃぶだい)上に置かれた花瓶に視線を移しました。その花瓶には、女事務員の三崎(みさき)が生けた花が飾ってありました。三崎は感心な子で、常々(つねづね)、自費で花を買って飾っておりました。そこまでするのは、なぜだろう? と疑問に思えたものですから何気(なにげ)なく訊(たずね)ますと、私の趣味です・・と、可愛く申します。即答されてはそれ以上、言葉を返すこともできず、以後はそのままにしておりました。しかし、私と野坂が見たその日の花は、今までに見たことがない私の知識外の花でした。毎度のことですから、課員の誰もが見過ごし、私も見過ごしていたようです。
「珍しい花だな。…君、この花の名、知ってる?」
「えっ?! いえ…。明日(あす)、訊(き)いておきましょうか?」
 野坂は振り向きながら、卓袱台に置かれた花瓶の花を見ていいました。花は電光に照らされ、不思議な輝きを放っておりました。
「いや、いいよ…」
 私は慌(あわ)てて打ち消しながら、席を立ちました。
 次の日、出勤しますと、先に来ていた野坂が血相変えて、私の課長席に迫ってきました。他の課員達もその異常さに驚いて、私達に視線を走らせました。
「課長! その花、名前がありません…」
「なんだって?! そんな馬鹿な! 調べりゃ分かるだろうが」
「いえ、本当なんです。気になったので寝ずに調べたんですが…」
 私と野坂は三崎のデスクを見ました。彼女は出社しておりませんでした。それ以降、次の日もまた次の日も、三崎は出社しませんでした。一人暮らしの彼女と音信もとれぬまま、ひと月が経ちました。不思議なことに花瓶のその花は枯れずにそのままの姿を保っておりました。科学的には誰が考えても有り得ない事実でした。話は農水省、学術機関、植物新品種保護国際同盟[UPOV]まで及びましたが、とうとう花の名は分からずじまいでした。課員の誰もが、少しずつ怖(おそ)れるようになったのもこの頃からです。私はこれ以上、放置すれば仕事にも影響し、課内の統制を乱す恐れがあると判断し、その花瓶と花を破棄するよう野坂に命じました。野坂は最初、身に危険が及ぶのを怖れたのか嫌がりましたが、仕方なく私の指示に従いました。
 次の日の朝、私が出勤しますと、デスクの上に1通の手紙が置かれていました。会社の私あてに届いた三崎の実家の親からのものでした。封を切りますと、今朝、三崎が息を引きとった・・とありました。私はその文面に、ギクッ! といたしました。といいますのも、それなら会社へ来ていたのは誰…ということになります。その話を課員達にしますと、課内は凍りつきました。以後、課員から異動の希望届が頻繁に出るようになったのは当然といえば当然でした。私も困りますから慰留に忙殺される日々が続いたのでございます。そうした働き辛(づら)い日々が続きましたが、さすがに数年もしますと、課員の怖さも薄らいだようで、私はやれやれ気分になっていきました。課ではその後、誰彼となく話が出るごとに、その花を知らない花(ばな)と呼ぶようになっておりました。そんな不思議な出来事が20年以上も前にありましたよ。未(いま)だに、その花の名の学術名は判明しておりません。

 

             THE END


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連載小説 代役アンドロイド 第284回

2013年08月06日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第284回)
「いつ運ばれるんですか?」
 それでも小判鮫だけのことはあり、教授に吸い付くことだけは忘れない但馬である。
「今週は疲れを取ってもらいながら皆にスケジュール調整をしてもらい、来週末にでも実行したいと思ってるんだが、どうかね?」
「…私に異論などあろうはずがございません。教授の仰せのとおりに…」
 小判鮫としての立場を確保出来たからか、但馬の表情は俄かに明るくなった。
「今、帰ったよ…」
 シュラフを片手に保が二日ぶりのマンションへ戻ると、沙耶がすぐ玄関へ出てきた。
『お帰りなさい。どうだった?』
「どうだった? って、そりゃ上手くいったよ、ははは…。帰りが案外早かったろ? 沙耶が設計した飛行車は完璧だな、飛んだ飛んだ。といっても、飽くまで室内1mを上下左右移動しただけだけどな。正確に言えば、飛んだかは、ちょっとな…」
『でも凄いじゃない。浮かんだだけでも…』
「ああ、それはまあな…。で、教授の考えで来週末には車体を少し遠い海沿いの浜辺へ移して飛行試験する」
『そんなところまで、どうやって運ぶの?』
「ははは…。それは俺達が教授に訊(き)かれたのと同じ質問だな」
『方法はあるけど分からないわ。研究室に大型運転免許を持ってる人がいれば運べるしさ。誰もいなけりゃ、運送会社に手配だろうし…』
「正解は、あとの方さ。教授の説明だと、梱包して運んでもらうそうだ」


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