水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

納涼・特別寄稿 短編小説集(8)  夜闇提灯[よいやみぢょうちん]

2013年08月03日 00時00分00秒 | #小説

 いや~、こう暑いと堪(たま)りませんな。ははは…私なんか、めっぽう暑さには弱いもんで、どこか涼しげな外国で暮らしたいのですが…。能書(のうが)きはこの辺にして、話を進めて参ります。
 私の実家はとある片田舎なんですがね。夏ともなれば蝉が我が世とばかりに集(すだ)く、今考えれば、いい風情の村でございました。私も今では大都会で暮らしておりますが、社会人になるまでは、この片田舎で暮らしておったというようなことでして…。
 話は私の子供時代へと遡(さかのぼ)ります。村は戸数が二十軒ばかりの山奥の小さな集落でしたが、ここには古い風習がありましてね。村の社(やしろ)の祠(ほこら)に年番で一年間、夜中参りをする・・という変な風習なんですが、そういうのがありました。私の家も来年、その年番が回って来るというので、父は、そろそろ精進潔斎しないとな・・なんていっておったもんです。と申しますのは、年番に当たった当家は翌年、他家へ引き継ぐまでの一年間、精進潔斎をして身を清め、神や仏に仕(つか)えるということなんでございます。神や仏といいますのは、古い神仏混交の思想からきておるようでした。
 そんなある日、私の家へ駆け込んだ一人の男がおりました。この年の年番の村人でございました。私は九才ばかりの子供でございましたが、父とその男の会話は、今でも手にとるように、はっきりと憶えております。話の内容は来年、引き継ぎを受ける家の者が、俄(にわ)かの病(やまい)で亡(な)くなったから私の家で引き継いでもらいたい・・という内容でございました。父はまだ一年あると思っておりましたから、心の準備ができておらず、最初は少し躊躇(ちゅうちょ)しておりましたが、仕方なく引き受けたようでございます。亡くなった村人の送りも済み、その後は、こともなく翌年の正月となりました。当然、父は話を聞いた翌日から精進潔斎で身を清め、正式な引き継ぎに臨んでいたのでございます。
 夜中参りは仏滅の日の子(ね)の下刻に提灯(ちょうちん)に灯りを灯(とも)し、山中の祠(ほこら)まで参って帰るという、ただそれだけの行事なのでした。で、引き継いだ父もそのように始めた訳でございます。昔からの風習でございますから、やめればなにか、よからぬことが起こるのではないかと、村の誰もが思うところは同じだったようでございます。
 仏滅が巡ったある夜のこと、父はいつものように提灯を灯して山道を歩いていたのでございます。すると、ふと夜闇(よいやみ)の彼方(かなた)に、父と同じような提灯の灯(あか)りが見えたそうにございます。深夜のことですから、そのようなことがあるはずもありません。父もそう思ったものですから、その灯りの方へ近づいていった訳でございます。すると、提灯を持って歩く確かに死んだはずの村人が灯りに照らしだされ、一瞬、見えたそうにございます。父は余りの恐ろしさでその場に蹲(うずくま)り、顔を覆(おお)いました。そして、恐る恐るもう一度、その灯りを見ますと、死んだ村人の姿は、すでに失(う)せ、灯りも次第に遠退(とおの)いてスウ~っと消えたそうでございます。父は、しばらく呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしたと申しておりました。ふと、我に返った父は、いつものように祠へのお参りを、なんとか済ませ、家へ帰ったそうにございます。その後のお参りは、そのようなこともなく、父は無事に翌年の引き継ぎを終えた訳でございました。父があとから聞いた話によりますと、その村人は信心深かったそうでして、かなり精進潔斎をしていたという話でございます。どうも、その男の執念が霊の姿で参ったらしいのでございます。そんな怖い話を九才の頃、聞かされた記憶が残っております。

                   THE END


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連載小説 代役アンドロイド 第281回

2013年08月03日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第281回)
「競技場ですか?」
「いや、そうじゃない。ちょっと遠いんだが明日、1m浮上、下降実験、それに1m前後左右移動実験が成功すれば発表するよ。さあ! 皆、疲れただろう。今日はこれまでにしよう! お疲れ!」
 そう言うと、山盛教授は脇目も振らず研究室を出ていった。余りのそっけなさに、全員が唖然としながら教授を見送った。その後は各々がばらばらに研究室を出た。
 保はマンションへ戻ると、疲れたのか浴室へと消えた。そして、食事を済ませると軽くブランデーで口を潤しながら、物思いに耽(ふけ)った。
『どうかしたの?』
「いや、なにもない。今日はもういいから…。明日も大変なんだ、もう寝るよ」
 そう言い終えると、保は急ぐように寝室へと消えた。
 次の日、山盛研究室は引越しのような慌しさだった。乱雑に散らかった機材や部品屑の整理清掃をすることが、限られた狭い研究室のスペースの中で飛行車を上下降、左右移動するための必須う条件だった。1mという制限つきながらも万が一、機材や施設の端にでも追突すれば偉いことになる・・とは教授以下、研究員は誰も分かっていた。そのためには飛行車を室内中央に置く必要があった。室内の整理清掃が済むと、各自の机を隅へやるレイアウトの変更となった。当然、パソコンや書類なども対象だ。恰(あたか)も大改造の工事を思わせる変化が山盛研究室で行われたのである。
「よし! これくらいでいいだろう!」
 但馬が大声を出したとき、室内には昨日までの面影がまったく残っていなかった。飛行車の移動は四人が持てば十分過ぎる軽さで、室内中央へ運ばれた。
「搭乗者は、やはり総責任者の岸田君でしょうね、教授」


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